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(1901年12月)17日の葬式は、彼(※中江兆民)の遺言により、一切宗教的儀式を排するために、「告別式」という形で行われた。これが日本における「告別式」の始まりである。然るに、すべてをあいまい化してしまう日本人は、やがて「告別式」のほかにも依然二重の手間をかけて「葬式」は行い、兆民の考えた「告別式」と別の形態のものにしてしまった。
 兆民は墓さえ作らせなかった。
(『人間臨終図巻』山田風太郎)
 一年半、諸君は短促(たんそく)なりといはん、余は極めて悠久なりといふ。もし短(たん)といはんと欲せば、十年も短なり、五十年も短なり、百年も短なり。それ生時(せいじ)限りありて死後限りなし、限りあるを以て限りなきに比す短にはあらざるなり、始よりなきなり。もし為すありてかつ楽むにおいては、一年半これ優に利用するに足らずや、ああいはゆる一年半も無なり、五十年百年も無なり、即ち我儕(わがせい)はこれ虚無海上一虚舟(きょむじょうかいじょういちきょしゅう)。(『一年有半・続一年有半』中江兆民)

セネカ
 われわれは短い人生を受けているのではなく、われわれがそれを短くしているのである。われわれは人生に不足しているのではなく濫費しているのである。(『人生の短さについて 他二篇』セネカ:茂手木元蔵訳)

中江兆民