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 しかし価値というのも、信じるというのと同様、科学的には思えない言葉である。マッハが、その長く生産的な生涯を通して、物理学から哲学へと転じたのも、まさに彼が価値の問題に魅了されるようになったからだ。科学的説明の価値とは何か。科学者はどういう類の説明を目指すべきか。マッハがウィーンに戻る頃には、その名声は、科学の業績よりも、哲学上の著述の上にあるようになっていた(科学上の業績も、多岐にわたり有益ではあるが、本当に特筆すべきものはない。彼の名が科学者以外の人びとにも知られているとすれば、飛行物の速さが音速の何倍かを示すマッハ数によるものである。便利な考え方とはいえ、天才のひらめきとは言いがたい)。(『ボルツマンの原子 理論物理学の夜明け』デヴィッド・リンドリー:松浦俊輔訳)

デイヴィッド・リンドリー
「思考実験」という言葉はもともと、オーストリアの物理学者であり哲学者でもあるエルンスト・マッハ(1838-1916)が、はじめて注目した概念である。マッハは自然科学における「思考実験」を説明するだけでなく、次のように語っている。「夢想的なアイデアマン、空中楼閣の建築家、小説家や社会的・技術的ユートピアの構想家たちは、思考の中で実験する。堅実な商人も真面目な発明家や学者もやはり思考実験をおこなう。彼らはいずれも或る状況を表象し、その状況から生ずべき或る結果の期待、推論を当の表象に結びつける。彼らは思考実験をするわけである」。(『思考実験 世界と哲学をつなぐ75問』岡本裕一朗)