災いは一般には【社会的】観点から解釈される。(『神はなぜいるのか?パスカル・ボイヤー:鈴木光太郎、中村潔訳)

科学と宗教
 こうして、賭けに勝ったときはそれを額面どおりに受け入れる一方、賭けに負けたときには、その理由を巧妙に見つけて説明づけてしまうことにより、ギャンブラーは、自分の賭けの勝ち負けの記録を個人的に書き換えてしまうのである。つまり、賭けの負けは、「負け」としてではなく、「勝てたはずのもの」として記録されることになる。(『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるかトーマス・ギロビッチ:守一雄、守秀子訳)

認知科学科学と宗教
 行くとき、自己より勝れた者や 自己に等しい者に会わねば
 独り堅固に行くがよい 愚者には友の資格なし(法句六一)
(『『ダンマパダ』全詩解説 仏祖に学ぶひとすじの道片山一良

ダンマパダ
 体育時間、余りにくにゃくにゃしているのを見兼ねた分隊長・唐木大尉より一発殴られた。士官教官が自ら手を出すのはよくよくのことである。
 ところが菊地は、平然としてかえって斜になって分隊長の前に擦り寄って行った。何をしているのか、変なことをするな、と思って見ていると、分隊長も不思議そうに一、二歩下がった。さらに擦り寄って殴られなかった方の右頬を突き出して「こちらもどうぞ」とやった。私たちも驚いたが、分隊長の顔も怒りのためさっと赤くなった。それより早く回りで見ていた教官たちが「貴様ッ」とばかり殴りかかっていった。
 顔の形が変わるほど殴られても「汝左の頬を打たれなば右頬をも出せ、だ。殴って気が済むなら気の済むまで殴ってもらおう」と、万事この調子なので、私の組では、精神教教育と称して彼が一番叩かれ通したが、遂に信念は曲げなかった。
(『修羅の翼 零戦特攻隊員の真情』角田和男)

日本近代史戦争
 確信とは、それがどう感じられようとも、意識的な選択ではなく、思考プロセスですらない。確信や、それに類似した「自分が知っている内容を知っている」という心の状態は、愛や怒りと同じように、理性とは別に働く、不随意的な脳のメカニズムである。(『確信する脳 「知っている」とはどういうことか』ロバート・A・バートン:岩坂彰訳)
 内閣書記官長だった富田健治風見章〈かざみ・あきら〉、首相秘書官だった岸道三〈きし・みちぞう〉、牛場友彦、一高時代からの友人である山本有三後藤隆之助〈ごとう・りゅうのすけ〉、山本は作家、後藤は京大時代から特に親しくなった友人で近衛の政治ブレーン。さらに元同盟通信の松本重治〈まつもと・しげはる〉、東京帝大文学部教授の児島喜久雄〈こじま・きくお〉、かつての近衛内閣文相だった安井英二などである。
 政治臭さが感じられないで、わずかな側近と作家やジャーナリストや大学教授ばかりが最後の宴に揃っていることがいかにも近衛らしい。(中略)
 皆は帝大病院へ入院させる手立てを考えていたが、近衛は夕方になってさらにこうまで言った。
「巣鴨行きを猶予してもらうことは、やめにしたい」
 ひとことゆっくりだが、きっぱりと言い切った。
(『われ巣鴨に出頭せず 近衛文麿と天皇工藤美代子

天皇近衛文麿日本近代史