笑いの波が聴衆から起こる。「一緒に笑えるのはよいことです」と彼は話し出した。「冗談に対しても――私たち自身に対しても、笑うのはとてもよいことだ。私たちの心には涙が多すぎる。みじめさが多すぎます」(『キッチン日記 J・クリシュナムルティとの1001回のランチマイケル・クローネン:高橋重敏訳)

クリシュナムルティ
 ゾルゲの墓は東京都府中市の多磨霊園にあり、ロシアの駐在武官や情報機関員が定期的に訪れる。先人の霊を慰めるとともに任務の成功を誓うのだという。ソ連の駐日大使も日本へ赴任した際はゾルゲの墓を訪れる慣行もあった。ソ連崩壊後は、ロシア駐日大使に引き継がれている。(『私を通りすぎたスパイたち佐々淳行
 有名なエピソードがある。1936年(昭和11年)の二・二六事件のときだ。神奈川県湯河原町の別荘として借りていた伊藤旅館の別棟にいた牧野伸顕のところに、早朝、反乱軍がなだれ込んできた。反乱軍から逃れ、庭続きの裏山に脱出しようとした彼が、銃殺されそうになったとき、和子さんは祖父を救うためにハンカチを広げて銃口の前に立ちはだかったという。
 彼女は聖心女子学院の出身だが、在学中に週刊誌主催のミス日本に選ばれたくらいの美人である。反乱軍兵士は、銃口の前に飛び出して祖父をかばった美女にさぞ驚いたに違いない。孫娘の気迫に気圧(けあ)されて、牧野伸顕は命拾いしたといわれている。
(『私を通りすぎたマドンナたち佐々淳行
 大衆に異を唱える!
 これは「知的」と思われがちなんだね
 こういうエセインテリ志向を「オウム的!」というわけだ
 わかったかしょくん
(『オウム的!小林よしのり竹内義和
 ただ、左右いずれであれ、実証的な研究を顧(かえり)みず、みずからの思い込みにもとづいて煽動(せんどう)的な議論を重ねる人々とは、対話と議論が成り立たない。その意味で、「慰安婦」問題について実証的基礎もないまま元「慰安婦」を売女呼ばわりする「論客」は、まともな議論の対象にならない。本書で「慰安婦=公娼」論への言及と反論がすくないのは、それをよしとしているからではなく、およそ学問的論議の対象にならないと考えているためである。(『「慰安婦」問題とは何だったのか メディア・NGO・政府の功罪』大沼保昭)
 ストレスの多い現代人は、交感神経が優位になりがちです。
 そこで、意識してゆっくりと長く息を吐く、長生き呼吸を行うとどうなるでしょうか。横隔膜を介して副交感神経が刺激を受けることで、自律神経のバランスが整うのです。
(『自律神経を整える「長生き呼吸」 なぜ呼吸を変えると病気が治るのか?』坂田隆夫)
 センサーがうまく機能しないと、自分の身体が「ブレる」ことになり、身体が「ブレる」から常に緊張を強(し)いられて疲れてしまうのです。
「ブレる」のは身体だけではありません。きょろきょろしているときは、気持ちも落ち着きません。
【センサーがうまく働かないと、身体だけでなく心までもがブレて不安になり、何もしていなくても疲れきってしまうのです。】
(『「疲れない身体」をいっきに手に入れる本 目・耳・口・鼻の使い方を変えるだけで身体の芯から楽になる!』藤本靖)

呼吸
 智慧とは物事をありのままに知ることです。まず、六根にデータが入りますね。眼耳鼻舌身意に情報が触れます。その情報を瞬時に主観で合成して概念になる前に、そのデータを明確に観察すると、データというものは常に流れて消えていくものだと発見できるのです。(『バカの理由(わけ) 役立つ初期仏教法話12アルボムッレ・スマナサーラ
 しかし、われわれはかんたんに「じゃまだから」という理由で他の生命の命を奪います。実は殺意が起こる瞬間、自分のこころに自分の命を害するエネルギーが生まれます。誰かに裁かれなくても、殺生をすると自分のこころに自分を破壊するエネルギーが蓄積されるのです。
 かんたんにいえば、他殺は自殺行為です。そのように、自分のしたことは、かならず結果となって自分に返ってきます。他の生命が活躍する場を奪ったら、その分だけ自分の生命が活躍する場はなくなります。ですから、すべての生命を慈しむ気持ちを育てて、互いに尊重し合うことが大事だと仏教では説きます。
(『的中する生き方 役立つ初期仏教法話10アルボムッレ・スマナサーラ
 住宅手当を年間60万円払うのも、会社が借り上げをして年間60万円負担するのも、会社の負担額は変わりません。でも、社員のふところは全然違ってくるのです。会社が社員のことを考えてちょっと工夫をすれば、社員の手取り額は大きく変わってくるわけです。
 外資系企業は、従業員と契約する際に、このような形で社員の手取りを増やすことは多々あります。もし、あなたの会社に借り上げ制度があるのなら使わない手はないです。
(『知らないと損する給与明細大村大次郎
 私は手当たり次第、戦友の骨を集め、【だび】に付しながら、とめどなく流れてくる涙をふせぎようもなかった。戦後の21年間、祖国の私たちは彼らのために何をしてきたのか。平和になれて、その礎(いしずえ)となった彼らを地獄さながら洞窟内に放置してきたではないか……。
 この小さな島でくりひろげられた戦闘は、事実、私の戦ったアンガウル島とならんで、その壮絶さは世界戦史上、はじめての例であるともいう。その恐怖は米軍戦史にも明らかであり、頑強な抵抗がようやく終わったのち、米軍は「これほど高価な代償を払ってまで、占領しなければならなかったのか」と述懐しているくらいである。
(『ペリリュー島玉砕戦 南海の小島七十日の血戦舩坂弘

ペリリュー島戦争日本近代史
 ところが、こういった気の毒な労働者に対して、マルクス以後の共産主義理論家・指導者は、「彼らは当面の狭い利益、明日の糧を得るというだけのために資本家や【反動層】に買収され、労働者階級全体を裏切る」として「信用を置くな」と唱え、彼らのことを【「ルンペン・プロレタリアート」】と呼びました。(『いますぐ読みたい 日本共産党の謎筆坂秀世監修、篠原常一郎)

日本共産党