【小林さん、私はね22歳まで日本人だったんですよ、岩里政男という名前でね】。
 私は日本人として、非常に正統な日本教育を受けた。後に中国の教育も受け、アメリカにも学びましたが、【私の人生に一番影響を与えたのは、この日本時代の教育だったんです】。
 日本の思想、伝統、文化といったものの影響は、私の中では非常に大きい。日本の古典もよく読みましたよ。『古事記』を読み、それから本居宣長の『玉勝間』を紐解き、『源氏物語』や『枕草子』、『平家物語』などに至るまでね。
 岩波文庫なども読み漁って、当時700冊以上は持ってました。日本の思想家や文学、たとえば西田幾多郎、和辻哲郎、夏目漱石、倉田百三の『出家とその弟子』などは熟読しました。私は『出家とその弟子』に出てくる親鸞和尚の「すべてが、よかった」という、その境地に大変感銘を受けてね、親鸞和尚が大好きだった。
(『李登輝学校の教え』李登輝、小林よしのり

台湾
 世界は心の中に収められ、その心は生じた瞬間に滅して次の瞬間の心と交替し、こうして生滅する心が一つの流れを形成する。人間存在は「心の流れ」(心相続)であり、心を離れて外界に存在すると一般に認められているものも、心が生み出した表象にすぎない。外界の物質的存在が心に映写されて表象が形成されるのではなく、心がみずから表象を生みだすのである。(『認識と超越「唯識」 仏教の思想4』服部正明、上山春平

唯識
 どの『般若経』にも次のことがくり返し述べられている。菩薩がたとい無数の人々を解脱に導いたとしても、じつはいかなる人も解脱にはいったわけではないし、解脱に導いた菩薩がいるわけでもない、と。菩薩に、自分は菩薩だ、という観念があり、他人を迷える人だとする観念があれば、彼は菩薩ではない。それはとらわれの心であり、区別する心である。(『空の論理「中観」 仏教の思想3』梶山雄一、上山春平
 身体性認知科学という分野では、触覚が、私たちの意思決定や心のあり方に影響を及ぼしているという実験結果がつぎつぎと明らかになってきています。(中略)どうやら、ふだん何気なく行っている厖大(ぼうだい)な選択行為が、たまたま手にしていた温かいコーヒーや、洋服の着心地などに左右されているようなのです。(『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』アクタイル:仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太)