「枠組み外し」とは何か。簡単に言えば、私達が「当たり前の前提」としている、「変えられない」と思い込んでいる「常識」「暗黙の前提」そのものを疑うことである。(『枠組み外しの旅 「個性化」が変える福祉社会』竹端寛)

魂の脱植民地化
「儲けとともにやってくるのは嫉妬、ただで手に入るのは同情」(『深い疵ネレ・ノイハウス:酒寄進一訳)
 臆病者め、とオリヴァーは思ったが、表情は変えなかった。署長にとっては出世が第一で、党内政治に色目を使っているから、話してもむりなのはわかっていた。(『悪女は自殺しないネレ・ノイハウス:酒寄進一訳)
 たったひとつの災難、たったひとつの原因だけでは、なかなか大惨事にはいたらない。大惨事は、貧弱なメンテナンス、意思疎通の悪さ、手抜きといった要因が組みあわされることによって発生する。そうしたゆがみは徐々に形成されていく。(『最悪の事故が起こるまで人は何をしていたのか』ジェームズ・R・チャイルズ:高橋健次訳)

事故
 日本人は山岳を水分(みくまり)神(山の神)の住む霊地として崇拝した。山の神は里の神社に降臨して、稲作を守り、秋には新殻を農民と共食したうえで山に帰るとされた。これが春祭りと秋祭りのはじまりで、この信仰をもとに神道が成立した。(『修験道 その歴史と修行』宮家準)
 こうして2500年の歴史のなかで、お釈迦様の仏教は大きく姿を変えてきたのです。この大きく変わった仏教は、それは果たして花開き発展してきたのでしょうか。それとも変質堕落した仏教なのでしょうか。(『ブッダから日蓮まで』近藤正輝)

日蓮
 生命とは何か。生命をモノとしてみればミクロな部品の集合体にすぎない。しかし、生命を現象として捉えると、それは動的な平衡となる。絶え間なく動き、それでいてバランスを保つもの。動的とは、単に移動のことではない。合成と分解、そして内部と外部とのあいだの物質、エネルギー、情報のやりとり。(『動的平衡2 生命は自由になれるのか福岡伸一
 塩が高血圧を引きおこすという説の発端となったのは、1953年、アメリカの高血圧学者のメーネリーが行ったネズミを使った実験によります。
 メーネリーはネズミに6ヶ月間、毎日、通常の20倍にあたる20~30グラムもの食塩を与え、さらに飲み水にも1%の食塩を加えて飲ませました。人間でいえば、1日200グラムもの食塩を40年間にわたて食べさせた計算になります。
 この結果、10匹のうち4匹が高血圧になったというのです。
 この実験結果が、「塩が高血圧の犯人説」のそもそものきっかけです。
(『日本人には塩が足りない! ミネラルバランスと心身の健康』村上譲顕)

自然塩
 戦争中に「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」というポスターがあった。「工夫」の「工」を×で消した人がいたそうだ。笑いのなかにほろ苦さ、物悲しさがこもっている。「ぜいたくは敵だ」という標語には、「敵」の上に「素」という一字が書き加えられた。こうした言葉遊びは、当時の庶民感情を伝えて歴史に残っている。(『深代惇郎の天声人語深代惇郎