現在、この世界には3000万人以上の奴隷が存在する。あらゆる年齢の男女、そして少年少女たちが、ネパールの絨毯織物小屋で過酷な労働を強いられ、ローマの売春宿で体を売らされ、パキスタンの採石場で岩を削らされ、アフリカの密林で戦争をさせられ、カリフォルニアの縫製工場で服を縫わされている。
 世界じゅうの主要都市において、表通りから一歩裏へ入れば、人間の売り買いがはびこっている。いやそれどころか、あなたの自宅のすぐ近くにも、奴隷がいるかもしれない。
(『告発・現代の人身売買 奴隷にされる女性と子ども』デイヴィッド・バットストーン:山岡万里子訳)
 ではいったい記憶とは何だろうか。細胞の中身は、絶え間のない流転にさらされているわけだから、そこに記憶を物質的に保持しておくことは不可能である。それはこれまで見てきたとおりだ。ならば記憶はどこにあるのか。
 それはおそらく細胞の外側にある。正確にいえば、細胞と細胞とのあいだに。
(『動的平衡 生命はなぜそこに宿るのか福岡伸一
佐藤●しかし、ここで言っておきたいのは給与のもらいすぎはたしかに問題ではるのですが、本当に問題なのは、その甘い蜜を一部の人間だけが吸っているのではなく、外務省の場合、下の下にまで、隅々にまでそれが行き渡っているいう構造ですよ。これが外務省の凄みというか、犯罪的な部分だと思うんです。というのも、一部の人間だけが蜜を吸っているのなら、かならず下克上や内部告発という動きが起きて、それなりの自浄作用が生まれる可能性があります。しかし、外務省すべての人間が上から下まで甘い蜜を吸える構造になっているからこそ、そうしたことは起きない。完全に「一家一門」の意識ができあがっている、一種の犯罪組織だと言っても過言ではない。(『正義の正体田中森一佐藤優
 20世紀の半ば、ナチスとソ連の政権は、ヨーロッパの中央部でおよそ1400万人を殺害した。犠牲者が死亡した地域――流血地帯(ブラッドランド)――は、ポーランド中央部からウクライナ、ベラルーシ、バルト諸国、ロシア西部へと広がっている。(中略)1400万人が殺されたのは、ヒトラースターリンの双方が政権を握っていた1933年から45年までのわずか12年という短い期間のことだ。(『ブラッドランド ヒトラーとスターリン 大虐殺の真実』ティモシー・スナイダー:布施由紀子訳)
「頑固」というのは柔軟性がないことです。自分を変えようと全く思わないことです。感情のまま貫こうとする人です。頑固でいると、確実に不幸になります。「頑固さ」は悪です。(『怒りの無条件降伏 中部教典『ノコギリのたとえ』を読むアルボムッレ・スマナサーラ
 人によっては殺人や強盗、強盗致死、放火などを犯した米兵の起訴率は高いから、別に問題ないではないかという見方もあるかもしれない。しかし、脅迫、詐欺、恐喝、住居侵入、強制わいせつ、強姦、傷害、暴行、窃盗などを犯しても、起訴される確率が低いという実態が、米兵の意識に及ぼす影響を考慮しなくてはいけない。
 こうした実態が米兵に、日本の法律を遵守しなければならないという意識を薄めさせてはいないだろうか。結果的に、この実態とそれに影響された米兵の意識が、後を絶たない米兵犯罪の温床となり、殺人や強盗にエスカレートする種ともなっていると考えられる。
(『密約 日米地位協定と米兵犯罪』吉田敏浩)
「子どもたちはそこに生きていた」と、チューリップを見ながらお母さんは語った。13年冬、慰霊碑の横におおよそ20~30個ほどチューリップの球根が植えられた。その事実を知らない全国からの来訪者が、慰霊碑の周りをスコップで掘り起こして各々植樹していく。お母さんはその様子を見て、植えたうちどれだけのチューリップが花咲くか不安を抱えていた。迎えた14年5月、たくさん植えたはずのチューリップは、亡くなった14人の子どもと同じ数だけ鼻を咲かせた。(『呼び覚まされる 霊性の震災学』東北学院大学 震災の記録プロジェクト 金菱清(ゼミナール)編)

震災
 食生活を変える提案というのは【「ご飯と味噌汁をこれまでの2~3倍にして、おかずを3分の1に減らす食事にする」】というものです。【「よく噛んで食べる」】ことも付け加えています。従来の日本人の食生活に一歩近づく、文字通りの「粗食のすすめ」「伝統食の復権」です。(中略)
 これを実行して【2週間が経過すると、自覚的な変化が出てきます。この段階で、肩こりが解消する人も出てきます。もうひとつの大きな変化は、疲労感がなくなってくるというものです。】
(『伝統食の復権 栄養素信仰の呪縛を解く』島田彰夫)
 われわれはさまざまな要素が驚くほど複雑に絡み合った生物学的複雑系の世界で生きている。あらゆる種類の分子が集まって物質代謝というダンスを踊り、細胞を作っている。その細胞は他の細胞とたがいに作用し合い、多様な組織を形成する。そして、組織はいろいろな組織と相互作用し、生殖系、経済、社会などを形作っている。このような基本構造は、いったいとこからやって来たのだろうか?(『自己組織化と進化の論理 宇宙を貫く複雑系の法則』スチュアート・カウフマン:米沢富美子訳)
 大正時代までの東京人は、「江戸ッ子」と呼ばれるのを得意にし、気前が好くて、任侠精神があって、人情の機微が判って――等々、好い事ずくめの褒め言葉が並んだものだ。「江戸ッ子」の反対が田舎者で、田舎っぺと呼ばれるのが最大の侮蔑であったのも、「江戸ッ子」が尊敬される証拠であった。(『人情馬鹿物語』川口松太郎)
 しかしその一方で、もっと暗い状況にいる子どもたちのほうが多いことも事実です。カンボジアでは5歳の少女が人身売買の被害にあって、物乞いをさせられています。北ウガンダでは12歳の少年が誘拐され、兵士として訓練され、人を殺すことを強いられています。また、8歳の女の子が、空腹に耐えられず、食べ物と引き換えに自分の身体を売っています。(アンジェリーナ・ジョリー)『わたし8歳、カカオ畑で働きつづけて。 児童労働者とよばれる2億1800万人の子どもたち』児童労働を考えるNGO=ACE、岩附由香、白木朋子、水寄僚子
 いやはや、人間とはしぶとい生き物である。人間はどんなことにも慣れてしまう生き物だ――思うに、これこそが人間に一番ぴったりの定義である。(『死の家の記録』ドストエフスキー:望月哲男訳)
 しかしそこに政治が介入してきた。
 ジョン・ケネス・ガルブレイス。新任の駐インドアメリカ大使で、ケネディの最も信頼する顧問の一人であり、チベット問題に公然と反対する人物であった。数々の肩書きを持ち、明らかに無視できない相手であった。即ちハーバード大学教授にして、経済学者、作家、テレビコメンテーター、雑誌「フォーチュン」編集委員、そしてケネディ一族と親交がある、といった具合だ。さらに重要なのは、アイゼンハウアー時代に培ってきたパキスタンとの友好関係を犠牲にしてでも、インドとより友好的な関係を結ぶのがアメリカのアジア政策に欠くことのできない必須条件だとするケネディ自身の意向を彼が反映していたという点である。ガルブレイスのち別途計画への反対は、チベットに対する個人的嫌悪感にまで達していた。曰く「チベット人は不愉快で野蛮であり、恐ろしく非衛生的人種だ」とまで決めつけていた。
(『中国はいかにチベットを侵略したか』マイケル・ダナム:山際素男訳)
 われわれの空間の三次元性は内耳のなかにある感覚器官――いわゆる三半規管で、その位置はほ作用空間の三平面に対応する――に由来するとしたのはツィーオンであるが、これは彼の偉大な功績である。(『生物から見た世界』ユクスキュル、クリサート:日高敏隆、羽田節子訳)
 木理(もくめ)美(うるわ)しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫(あかびし)を用ひたる岩畳作(がんじょうづく)りの長火鉢(ながひばち)に対(むか)ひて話し敵(がたき)もなく唯(ただ)一人、少しは淋(さび)しさうに坐(すわ)り居る三十前後の女、男のやうに立派な眉(まゆ)を何日(いつ)掃(はら)ひしか剃つたる痕(あと)の青々と、見る眼も覚むべき雨後の山の色をとどめて翠(みどり)匂ひ一トしほ床(ゆか)しく、鼻筋つんと通り眼尻(めじり)キリリと上り、洗ひ髪をぐるぐると酷(むご)く丸(まろ)めて引裂紙(ひつさきがみ)をあしらひに一本簪(いつぽんざし)でぐいと留(とど)めを刺した色気無(いろけなし)の様(さま)はつくれど、憎いほど烏黒(まつくろ)にて艶(つや)ある髪の毛の一ト綜(ふさ)二綜(ふたふさ)後(おく)れ乱れて、浅黒いながら渋気(しぶけ)の抜けたる顔にかかれる趣きは、年増(としま)嫌(ぎら)ひでも褒めずには置かれまじき風体(ふうてい)、我がものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢(しれもの)が随分頼まれもせぬ詮議(せんぎ)を蔭では為べきに、さりとは外見(みえ)を捨てて堅義(かたぎ)を自慢にした身の装(つく)り方、柄(がら)の選択(えらみ)こそ野暮(やぼ)ならね高(たか)が二子(ふたこ)の綿入れに繻子襟(しゆすえり)かけたを着て何所(どこ)に紅くさいところもなく、引つ掛けた【ねんねこ】ばかりは往時(むかし)何なりしやら疎(あら)い縞(しま)の糸織(いとおり)なれど、これとて幾度(いくたび)か水を潜(くぐ)つて来た奴(やつ)なるべし。(『五重塔』幸田露伴)