今度はどうすれば豊かになるか、ということについて考えてみましょう。援助というのは外から来るものです。だから、外からこちらに援助が流れてくるように、それを自分に引き寄せるエネルギーをもつことが大切です。反対に援助を引き離すエネルギーをもってしまうと貧しくなります。豊かになりたい人は、援助を引き寄せるエネルギーをたくさん作らなければいけないのです。それはある種の精神的エネルギーで、それを育てれば豊かになるということです。わかりやすい言葉で言えば、「布施」というものです。この布施という行為が援助を引き寄せるエネルギーなのです。布施という行為そのものよりも、まず布施をする気持ち――周りにいる人々、生命を助けてあげたいというこころのエネルギーが大切なのです。(『原訳「法句経」(ダンマパダ)一日一悟アルボムッレ・スマナサーラ

ダンマパダ
 そういう、先に向けての肩の荷をすべておろしてみると、譬えようもない身の軽さである。心は空(から)になった。入院をまつあいだ、私はふだんのとおり毎日の散歩にも出たが、風が吹くと身は紙のようにただようかと思われた。この身の軽さを持(じ)し、この心の空(くう)にあそんで、しかも余命なきいまの運命をもう何年か先にのばすことができないか。切に、そう願われた。1日24時間、その1秒1秒がそっくり私のものだった。そして私にしなければならないことは何もなかった。死を待つよりほかに。(『死に臨む態度上田三四二
「迷惑をかけたくない」という言葉に象徴される希薄な“つながり”。
 そして、“ひとりぼっち”で生きる人が増え続ける日本社会。
 私たちは「独りでも安心して生きられる社会、独りでも安心して死を迎えられる社会」であってほしいと願い、そのために何が必要なのか、その答えを探すために取材を続けていった。
(『無縁社会』NHKスペシャル取材班)
 21世紀初めには、実証的証拠に関心を持つ学者の間で、物々交換から貨幣が生まれたという従来の考え方はまちがっているというコンセンサスができあがっていた。経済学の世界ではこれは珍しいことである。人類学者のデビッド・グレーバーは2011年に次のように冷ややかに説明している。「そうしたことが起きたという証拠は一つもなく、そうしたことが起きなかったことを示唆する証拠は山ほどある」。(『21世紀の貨幣論』フェリックス・マーティン:遠藤真美訳)
 とにかく、家にやっとついた私は、ひなんのことを聞いても、ここまで津波が来るはずがない、あのチリ地震津波の時は、志津川の腸内は津波の被害にあったが、私の住んでいる地区は、ずっと山の方で高くなっているのでたかをくくって、茶の間に入り、やれやれと一息ついたところ、ちょうど隣へ来ていた実家のおばちゃんが「いたの」と、声をかけて入ってきた。「いたよ、入らい、お茶のんでいかい」と、お茶の用意をしていたとき、ゴーウッと音がひびいてきたのだ。
「あれ、何の音」と、出窓から川の方を見たとたん、信じられない光景が目にとびこんできた。出窓のまん中あたりを、ガレキをのせた津波が弾丸列車のような速さで、とんでいくのだ。そして、みるまに、その下の部分から波がくずれ落ち、隣へおしよせ、そして、我が家までおし迫ってきたのだ。その間、何秒もたっていない。
(『3.11 慟哭の記録 71人が体感した大津波・原発・巨大地震金菱清編、東北学院大学 震災の記録プロジェクト)

災害
 1983年4月、京都産業大学の新入生たちは、歓迎講演会で面食らわされることになった。(中略)
 話の途中、居眠りをしたり関係のない本を読んだりしている学生がおれば、容赦なく叱りつけ、大教室から出て行かせた。若泉は、真剣であった。彼が述べたことは、国家としての日本に求めてきたことと通底していた。つまり学生たち一人一人こそ、とりもなおさず変わるべき日本人にほかならなかった。
(『評伝 若泉敬』森田吉彦)

若泉敬
 私には、現代の混迷と混乱のもとにあるものは、結局、「自由」と「秩序」の観念をめぐるものだと思われる。「欲望」と「規律」といいかえてもよいだろう。「解放」と「権威」といっても同じことだ。これらの観念について、われわれは新たな定義づけ、新たな関係づけを求めている。別の言い方をすれば、これまで歴史的に生成してきた「自由」と「秩序」をめぐる思考がうまく機能しない、ということである。これは、端的にいえば、西欧の近代思想の挫折といってよいと思われる。なぜなら、「自由」と「秩序」をめぐる問題は、これまで基本的に西欧近代と呼ばれる知的枠組みのなかで論じられてきたからである。(『西欧近代を問い直す 人間は進歩してきたのか佐伯啓思
 外国為替市場というサーキットでは、プロのドライバーが猛烈なスピードでしのぎを削っています。プロは、高性能のF1マシンに乗り、強力なサポート・チームを引き連れて戦っています。それでも悪戦苦闘の連続で、安定的な収益を上げることができていません。
 そんな場所へ、近所の販売店で買った量産車に乗ってサポートもなしに参戦してきた人がいます。個人投資家のみなさんです。そんなみなさんよりプロの投資家やディーラーのほうが、技術があり経験も豊富であることは言うまでもありません。しかも、しっかりとしたバックアップ体制が整っています。
 もし、個人投資家がプロに勝てたとしたならば、これはもう奇蹟でしょう。
(『なぜ専門家の為替予想は外れるのか プロが教える外国為替市場の不都合な真実』富田公彦)