「お父さんみたいにならないで」。母はいつも言う。
 不思議です。あなたは女、父にはなれません。なるとすれば母親でしょう。
「お母さんのようになっちゃダメよ」。こう言うべきです。
 なぜ母は「私のような母親になるな」と言えないのか? ここがポイントです。「私のような母親」とはどんな母親でしょう。答えは簡単ですね。
 自分に無関心・無頓着な夫と結婚し、離婚もできず、思いつく限りの愚痴を幼い頃から言い聞かせ、やがて娘が「父など死ねばいい」と思いこみ休日に泣いて過ごすように仕向ける母。それが「私のような母」です。

(『オタクの息子に悩んでます 朝日新聞「悩みのるつぼ」より岡田斗司夫
 ところで、A型、B型と続いてC型がないのはなぜでしょうか。
 それは発見時の順番で決められたからです。血液が凝集した順番にA型、B型と名づけ、凝集の起こらなかったものを0(ゼロ)型としました。いつしかその0(ゼロ)がO(オー)に転じて、「ABO式血液型」と呼ばれるようになったのです。
(『血液型の科学 かかる病気、かかならない病気藤田紘一郎
 よく道具というと手足の延長であると言われますが、実を言えば手足もまた道具なのです。その人の生理あるいは心理というものにぴったり密着して機能的に動いている道具なのです。道具というものは決して単なる物質、物ではない。すなわち物ではあっても、必ず主体である私たちの精神とか心とかいうものの癖を受けているものなのです。いかなる物も必ず私たちの心がそこにしのび込んでいる。万年筆の例でもおわかりのように、物というのものは必ずそれを使う人の手癖になじんでいる。あらゆる物がその人の生き方を内に含んでいるのです。だから物といって軽蔑するのは間違いなので、道具にしろ物にしろ、それはすべて心を離れては存在しない。心そのものである。あるいは心と物とが、物質と精神とが出会う場所である。道具というものはこのように考えるべきだと思います。
 そういう前提で考えて見れば、言語道具説というのは決して悪いことではない。
(『人間の生き方、ものの考え方 学生たちへの特別講義』福田恆存、国民文化研究会編)
 ヨーロッパでは、キリスト教徒の教会離れが進み、代わりに、イスラム教が台頭している。「ヨーロッパのイスラム化」は、決して架空の話ではなく、次第に現実味を帯びている。
 アメリカに、ピュー・リサーチ・センターという調査機関があり、人口の将来予測などを行っている。この機関は2050年における世界の宗教人口についても予測している。
 それによれば、イスラム教徒の人口は27億6000万人に達し、世界全体の29.7パーセントを占めるという。2010年の時点では、16億人で23.2パーセントだった。
(『宗教消滅 資本主義は宗教と心中する島田裕巳

宗教
 そのため二重スリット実験では、発生源から後ろのスクリーンのところまでやってくるのは1個1個の原子ではなく、波動関数が伝わってくるのだと考えなければならない。波動関数はスリットのところに来ると二つに分かれ、そのそれぞれが一方ずつのスリットを通過する。このとき考えるべきは、「抽象的で【数学的】な量がどのように時間変化する」かであることに注意してほしい。【実際には】何が伝わっているのか、と質問するのは的外れだ。それを確かめるためには観察しなければならないが、観察しようとするとただちに結果が変わってしまう。観察と観察のあいだに【実際に】何が起きているのかを問うのは、冷蔵庫の扉を開ける前になかのライトが点いているかどうかと質問するようなものだ。ちら見した瞬間に変化してしまうので、けっして知ることはできないのだ。(『量子力学で生命の謎を解く 量子生物学への招待』ジム・アル=カリーリ、ジョンジョー・マクファデン:水谷淳訳)

量子力学