そのころ(明治初期)の政治家は、後年“井戸べい”といわれたように、おおむね清貧に甘んじる気骨があり、いわゆる国士的な風格をそなえている人物がすくなくなかった。政治にふか入りすればするほど、私財を散じ、家産を傾けつくす者もめずらしくはなかった。父のばあいも同様で、わたしがいくらか物心のついた時分には、もう家産らしいものは何一つ残っていなかったようである。(『悪政・銃声・乱世 児玉誉士夫自伝児玉誉士夫