「演歌」という語が1960年代(むしろ昭和40年代というほうが正確でしょう)に音楽産業の中で一つのジャンルとみなされてゆく過程と、それが「真正な日本文化」として高い評価を得てゆく過程は相関しています。というよりむしろ、ある種の知的な操作を通じて「演歌」というものが「日本の心」を歌う真正な音楽ジャンルとして新たに創り出されたのです。(『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』輪島祐介)

音楽
 モリソンが日本を訪問し、桂太郎首相の公邸を訪れた際、首相はモリソンの籠城記に触れ「日本を世界に知ってもらうのに大きく役立ちました」と礼を述べたのに対して、「……私は、柴中佐指揮下の日本兵の働きを、ただありのままに記録し発表しただけなのですから」とモリソンは応(ママ)えたという。(『日本人の底力 陸軍大将・柴五郎の生涯から』小山矩子)

柴五郎
 不健康なやり方で子どもをコントロールしてばかりいる親は、気づかぬうちに子どもの心に地雷を埋め込んでいる可能性があります。その子どもは、いつ爆発するかわからない危険を感じながら、綱渡りの人生を生きることになるかもしれません。そして大人になってもなお、人を愛したり、何かに成功したり、安心して暮らしてもかまわないのだと“許可される”のを待っているかもしれません。その許可は自分が与えればよいということがわからないのです。(『不幸にする親 人生を奪われる子供』ダン・ニューハース:玉置悟訳)

虐待
 解放への鍵を探しているなら、悪い知らせと良い知らせがある。
 悪い知らせ――解放への鍵など存在しない。
 良い知らせ――扉に鍵はかけられていない。
(『ホームには誰もいない 信念から明晰さへ』ヤン・ケルスショット:村上りえこ訳)
【食事制限のみに頼った無茶なダイエットは、「寝たきり」になるのを早めます。】もしこうしたダイエットを過去に何度も繰り返してきたのであれば、どんなに若かろうとも“自分はもうすでに「寝たきり予備軍」になっている”という自覚を持ったほうがいいでしょう。(『寝たきり老人になりたくないならダイエットはおやめなさい 一生健康でいられる3つの習慣久野譜也
「でもオレはね、感謝しているの。だって、この病気にならなかったら、いまごろ何をしているのかと思うと、いまのオレでなければ、みなさんと会ってお話することはできないわけだからね」(韓国新羅大学の特別授業で)『てっちゃん ハンセン病に感謝した詩人』権徹

詩歌
 まず「第一次産業」から「第三次産業」をおさらいすると、
 第一次=農業・牧畜・漁業
 第二次=食品加工などの製造業
 第三次=小売り業、サービス業など
 これらをすべて1社で行うことを、「一」+「二」+「三」で「六次産業」といいます。業務スーパーはまさにこの六次産業を国内最大規模で行っているのです。
(『業務スーパーに行こう!』株式会社エディキューブ)
(宮沢)賢治は、風の中を大股で歩きながら詩をつくるのが好きだった。首からペンをぶらさげて、いい文句が浮かぶと書きつけ、ときどき「ホッホウ」と叫んでとびはねた。(『声に出して読みたい日本語 1齋藤孝

言葉文学
「(※静岡市の)次は八王子市で(※名誉市民証号授与の工作を)できないか。あちらに、学会の本山をつくって、将来、創価市としたい」(『闇の帝王、池田大作をあばく』山崎正友)
「改憲」は、「1946年に日本人は天皇を守れなかった」という歴史を意志的に固定する行為になってしまいます。それは将来の日本人の「国防の意志」に対して、ぬぐうことのできない汚損(おそん)を刷り込むでしょう。日本人によって一度演じられたそのような全面敗北は、将来また、起こしてやれるはずだと、外国人にも期待をさせてしまうでしょう。(『「日本国憲法」廃棄論兵頭二十八

憲法日本近代史
 朝日新聞の権威に逆らう者に朝日は容赦しない。紙面を使って糾弾し、世間もそれにひれ伏させ、朝日を怒らせた者の処罰を強いる。朝日は神の如(ごと)く無謬(むびゅう)というわけだ。
ビルマの竪琴』を書いた竹山道雄氏がある時点で消えた。原子力空母エンタプライズが寄港するとき、朝日新聞の取材に氏は別に寄港反対を言わなかった。これも常識人のもつ常識だが、それが気に食わなかった。
 朝日は紙面で執拗に因縁をつけ続けてとうとう社会的に抹殺したと身内の平川祐弘(すけひろ)・東大教授が書いていた。
 南京大虐殺従軍慰安婦沖縄集団自決も同じ。朝日が決め、毎日新聞や中日新聞が追随し、それを否定するものには耳も貸さないどころか、封殺する。
(『変見自在 スーチー女史は善人か高山正之