密教においても本尊、「権化(ごんげ)・化身(けしん)」、「変相(へんぞう)」、の関連性は最重要の課題の一つであるが、そのインド的基調は、タントラの「教義」にあることを見なくてはならないのである。(『密教成立論 阿含経典と密教金岡秀友
 ゾウについて一般向けに話をすると、必ず訊かれることがあります。
「ゾウは死ぬとき〈ゾウの墓場〉に行くという話があるけれど、ほんとうですか?」と。
 じつは、これはゾウの密猟者たちにつごうのよい話です。たくさんの象牙とともに捕まったときに、「ゾウの墓場を発見して……」と言い訳したのです。実際にはゾウの墓場などはありません。
(『万物の死 自然の死から〈死〉を考える』小原秀雄)
宮崎●そういう懐疑的態度、ないしは批判的姿勢というのはとても大切で、むしろ仏教の本旨にそぐわしいものです。ブッダは初期教典で、自分が口にしたどんなに清らかで明瞭な見解にさえしがみついてはならない、と弟子たちを戒めています。あらゆる教説や構想は疑われ、吟味されるのが当然で、ブッダ自身の言葉だからといって宝物のように扱ったり、執着すべきではない、と。(『知的唯仏論 マンガから知の最前線まで ブッダの思想を現代に問う宮崎哲弥呉智英
 TPP問題は誰の身内になるのかが問われていると考えるべきです。TPPは自由貿易原理主義だから反対という論は、事の本質がわかっていません。逆に賛成派は、TPP反対は保護主義だと主張しますが、これも自由貿易主義のドグマにとらわれている。新・帝国主義の時代においては、TPPはむしろ保護主義だからいいのです。(『人間の叡智佐藤優
 呪術とはこれら自然のなかに拡散している呪力を取り出し、集めることにほかならない。呪術師は呪文(じゅもん)や呪具を使って直接自然から呪力を抜き出したり、神霊などと一体になることによって呪力をコントロールしたりする。すなわち、呪術とはテクノロジーだったのである。そして、この意味では、科学もまた広義の呪術に含まれるといえるのである。(『呪術・占いのすべて 「歴史に伏流する闇の系譜」を探究する!瓜生中、渋谷申博)
 結局、二つの場合が考えられる。まず、人間の条件を規則で取り囲むことによって、それを安定した体系の中に固定化しようとする場合であるが、この時には、この体系からその不完全さを象徴するすべてのものを排除するために儀礼に頼ることになる。次に、規則には還元できない、絶対的な力の世界に、象徴的に身を置く場合には、もはや本来の意味での人間の《条件》は存在しなくなる。(『儀礼 タブー・呪術・聖なるものJ・カズヌーヴ:宇波彰訳)
 タミーの態度には、ほかにも変化があった。声が高くなり、髪を指先でもてあそび、口や鼻に触るという“防衛的しぐさ”を見せた。さらに、必要もないのに本題から離れた話を付け加え、無意味なおしゃべりを続け、過度に一般化するような発言(“誰でも知ってることですよね”)をした。これらは、嘘をついている人物の典型的な行動だ。(『ロードサイド・クロスジェフリー・ディーヴァー池田真紀子訳)
 さて「ブラフマン」は、『アタルヴァ・ヴェーダ』においてたたえられる最高の諸原理の一つであった。「ブラフマン」とは、元来は「神聖な知識」、そしてその言語的表現としての讃歌・呪句を意味する語であった。讃歌や呪句には、神々を喜ばせ、また人間の願いをかなえさせる霊妙な力が宿っている。「ことば」が一種の霊力をもつという考えは、わが国の「ことだま」信仰にも見られ、インドでは早くから「ことば」が神格化されて、女神ヴァーチとなっている。やがて、祭式万能の時代を背景に、祭官の発する「ことば」の霊力が重要な意味をもつようになり、「ブラフマン」はこの霊力そのものとなった。そしてついには、それが宇宙の最高原理とみなされるに至ったのである。創造神ブラフマー梵天)は、この最高原理が人格的に表象されたものにほかならない。(『世界の名著 1 バラモン教典 原始仏典長尾雅人責任編集)

バラモンヒンドゥー教
 ウィーラーの「真のビッグ・クエスチョン」は、まさに抽象的な性質のものであり、また車のバンパーに貼るステッカーに記せるほど簡潔なものだが、運転中にそれに思いを巡らせるのはお勧めできない。その中の五つは、特に際だっている。

いかにして存在したか?
なぜ量子か?
参加型の宇宙か?
何が意味を与えたか?
ITはBITからなるか?

(『量子が変える情報の宇宙』ハンス・クリスチャン・フォン=バイヤー:水谷淳訳)

ビット
「子供は哲学者だ。病院で、娘に訊かれたことがある。なぜ人間には目があるのかと。見えるようにだとぼくは答えた」
 エイナルは静かに考えている。
「あの子はちがうと言った」ほとんど自分だけに言っているつぶやきだ。
 それからエーレンデュルの目を見て言った。
「泣くことができるようにと言ったんです」
(『湿地アーナルデュル・インドリダソン柳沢由実子訳)
ジャクリー 百年戦争による農地の荒廃、軍役奉仕の過重や重税などに反発してフランスの農民がおこした反乱。農民をジャックと蔑んだ封建諸侯を襲撃する光景を描いた15世紀の写本の挿絵(さしえ)である。(『山川 世界史総合図録』成瀬治、佐藤次高、木村靖二、岸本美緒監修)

世界史
 韓国は日本に併合された屈辱があり、しかも日本と戦わずアメリカに解放してもらった国。北朝鮮は少しゲリラ戦をしたが大負けに負けてソ連の傀儡(かいらい)にしてもらった国。中国はほとんど日本軍とは戦わなかった中国共産党が戦後、実際に戦っていた国民党を追い出して建国した国である。
「これらは日本に戦勝したという偽史なしには国民の物語が作れない国々であり、これからも絶えず日本と戦っていると国民にアピールするために、日本の主権をおかし、侵略をしつづけることであろう」と筑波大学教授の吉田博司氏は喝破(かっぱ)している(産経新聞2009・5・8)。
(『日本を貶めた10人の売国政治家小林よしのり編)
 マッカーサーは相も変わらず「原住民の王]気取りで自分の理想に酔っていた。フランシス・コッポラ監督の映画『地獄の黙示録』(アポカイプス・ナウ)の本当のモデルはこのダグラス・マッカーサーなのである。昔、私の友人のアメリカ人が教えてくれた。あの映画の中の、東アジアの奥地で原住民たちの王になっているカーツ大佐とは、実はマッカーサーその人の姿である。元グリーンベレーであるカーツ大佐なるこの狂気の人物を本国に強制送還するか、射殺して来いという物語であった。(『日本の秘密副島隆彦

日本近代史
 日本は悪いことはしない誓いを立て、悪いことを避けるのを最大限の目標にして生きてきた。戦争は最大の悪だから、絶対これを避ける。自衛の戦争は、することになっているが、領海3マイルから外では、何が起きても関知しない。これを国家の最大限の目標にしてきたのである。
 そうしているうちに、日本は萎縮した。矮小化した。卑劣化した。気品を失った。
 大きなこと、美しいこと、善いこと、勇敢なこと、ノーブルなこと。これらのすべてを日本は拒否するようになったのである。
 戦争と軍隊は手段であり、悪にも善にも奉仕する。ところが、日本人は、戦争と軍隊を悪に見立てることによって、【悪と善の双方を避けるようになったのである】。
(『日本永久占領 日米関係、隠された真実片岡鉄哉〈『さらば吉田茂 虚構なき戦後政治史』増訂〉)

西鋭夫日本近代史
 東京裁判は「勝者が敗者を裁くことにすぎない、ではないか」という批判に対し、裁判の設置者や検事側は「これは文明の裁きであり、侵略戦争の指導者を罰することで将来の戦争勃発を抑止し、国際社会を安全にする目的を持つ」という主旨の主張をした。敗戦という未曾有の体験をした当時の日本には、この占領者側の理窟に同調する人もいた。たとえば東京裁判の判決の翻訳団の一員であった横田喜三郎(東京大学法学部教授・最高裁判所長官・文化勲章受章者)などもそう主張していた。
 ところが、A級戦犯とされた人たちの死刑執行から2年も経たぬうちに――文学的誇張で言えば、判決文のインクもろくに乾かないうちに――朝鮮戦争が起こり、世界の多数国が参加する事態になった。その後もベトナム戦争や中近東の戦争、中印戦争、中越(中国ベトナム)戦争など、小さい戦争を数えれば実に多い。東京裁判に参加した判事の国の間で戦争しているのだから世話はない。つまり東京裁判は「文明の裁判」ではなく、単なる「勝者の裁判」であったにすぎないことは実証済みだ。
(『『パル判決書』の真実渡部昇一

パール判事日本近代史
 シャノン情報理論によって、情報と不確実性のあいだに橋が架けられた。情報とエントロピーのあいだに、情報とカオスのあいだにも……。(『インフォメーション 情報技術の人類史ジェイムズ・グリック楡井浩一訳)
 それでも【竹下(登)氏は日本出発直前に、日頃から竹下派の政治献金の面倒見のよかった第一勧銀には、プラザ会議の議題をリーク】していた。この情報で第一勧銀はドル売り円買いの投機に精をだして、巨額の利益を得たのである。(『アメリカ殺しの超発想 「奴隷」日本よ、目を醒ませ! 制度疲労をすぐ正せ!霍見芳浩
 だが、木村は本当に乱取りだけで9時間やった。まず警視庁へ朝10時から出稽古へ行き、昼食を食べて拓大で3時間、そして夕方6時から講道館、そのあと深川の義勇軍道場、牛島塾に戻ってくるのは夜11時である。
 そして夕食をかき込むと、ウサギ跳びをしながら風呂に行き、またウサギ跳びで帰ってくる。すぐに腕立て伏せを1000回やって、そのあとバーベルを使ったウェイトトレーニング、巻き藁突きを左右1000回ずつ、さらに立木への数千本の打ち込みである。布団に入るのは午前2時過ぎ。そしてそこからまた頭のなかでイメージトレーニングが始まった。眠ってしまいそうになると自分で体をつねってその痛みで奮起しイメージトレーニングを続ける。眠るのは4時過ぎである。睡眠時間は3時間もなかった。
(『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか増田俊也
【「資金源」「資産」「費用」「収益」の4箱のうち、最も注目すべき箱は?】

 正解は「資産」です。

 決算書を読みなれた方なら、「有利子負債」や「経常利益」といった科目を真っ先に見ると思いますが、初心者はまず【「資産」の大きさ】を意識してください。

(『世界一やさしい会計の本です山田真哉

会計
 印刷の世界史を調べてみると、紀元前4000年のバビロニアの押圧印刷、西暦105年には中国で紙が作られるようになります。西暦285年になるとようやく日本に紙と墨が伝わってきます。西暦960年を過ぎるころになると木版による印刷技術も始まり一般化してきます。西暦1400年代は鋳造技術が確立しドイツを中心に銅版による彫刻や活版印刷技術などが進みます。西暦1457年になるとドイツによる三色印刷も始まります。西暦1590年、印刷機が来日します。国内で初めての本が作られたのがこの頃(ママ)です。まだまだ印刷をどのように用いていいのかわからない時代であった日本ですが、この10年後にお札がお目見えすることになります。(『偽札百科』村岡伸久)
 その一方で、欧米諸国からの皇室国際化の要請を予測していた皇室は、開国に備えて政治・外交・社会体制まで包含した大規模な国家戦略群をあらかじめ建てていた。それが「堀川(ほりかわ)政略」で、発端は天保(てんぽう)の大飢饉の前後の1830年代と推察される。室町時代依頼、永世親王として代々皇室のウラを支え國體(こくたい)を護ってきた伏見殿の19代貞敬(さだよし)親王と第一皇子・邦家(くにいえ)親王が中心となり、國體参謀衆に命じてこれを建てたというのだ。
 建武(けんむ)の新政にあたり南北朝(落合史観では海洋民族系を南朝、大陸騎馬民族系を北朝と呼ぶ)の合一を図るために建てられた極秘の「大塔(おおとう)政略」に基づき、南朝の大塔護良(もりなが)親王の息子・益仁(ますひと)親王(のち興仁〈おきひと〉親王)が北朝光厳(こうごん)上皇の第一皇子に入り崇光(すこう)天皇となったことで南北朝は実質的に統合された。崇光天皇の皇子・栄仁(よしひと)親王が初代となって始めた伏見殿が、代々大塔宮の血統を伝えることで、「万世一系の皇統」の血統バンクとなったのである。伏見殿が國體天皇となり、伏見殿から出た後花園(ごはなぞの)天皇の末裔が皇室となって代々政体天皇に就いてきたが、「堀川政略」により、皇室の国際化のため、伏見殿が海外事項に専任し、政体天皇が國體天皇になったという。その空いた政体天皇の役職を埋めるため、政体天皇には皇室外から後花園皇統以外の大塔宮の子孫を抜擢することを定めたのだ。
(『逆説の明治維新落合莞爾監修)