私はこの基本的なアンバランスに注目し、9の数字ではなく、8の数字を採用して、「秋津式8の法則」を発案してみました。これを使うと経験則的にかなり波動論を展開しやすくなり、実践でも応用できます。(『「雲と線」 私だけの株・FX教科書』秋津学)

投資
植草●小泉さんは国会の中ではずっと大蔵省委員会所属で、れっきとした大蔵族議員です。母体官庁は旧大蔵省、財務省ですし、所管業界は銀行業界です。その銀行業界が、巨大なライバルである郵便貯金を長きにわたって目の敵(かたき)にしてきた。何とか郵貯を潰せないかという要望がずっと続いてきました。(『売国者たちの末路 私たちは国家の暴力と闘う副島隆彦植草一秀
 ウパニシャッドという名称の意義に関しては専門家の間に意見の一致を見ていない。しかし普通に行われている説に従うのが、最も妥当かと思われる。すなわちサンスクリット語で(中略)「近くに坐す」を意味し、師弟間近く対坐して伝授さるべき「秘密の教義」の意に転じ、かかる宇宙の秘義を載せた聖典の名となり、さらにこの種の文献の総称として用いられるに至ったものと解し得る。(『ウパニシャッド』辻直四郎)

ヴェーダ
 こうして、ウェーンライト将軍のラジオ放送で米軍の降伏が決定します。
 日本は、それから1年半後の昭和18年(1943年)秋の「大東亜会議」を前にフィリピンの独立を承認します。ラウレルを大統領とするフィリピン共和国を成立させました。いいですか、フィリピンを独立させたのは日本なんです。ここを間違えてはいけません。歴史はそうなっているのです。
 ところが、日本の敗戦で戦争が終わると、アメリカは、もう1回、フィリピンに独立を与えたというかたちにした。いかにも自分たちが独立させてやったというふうにした。しかし私のいまの説明で分かるように、アメリカはここを植民地にし、日本のあとから独立を追認したのであって、フィリピンをアメリカから解放しその独立を認めたのは日本だった。
(『GHQ焚書図書開封 2 バターン、蘭印・仏印、米本土空襲計画西尾幹二

GHQ日本近代史
 だが、時折、一機だけが幾(いく)ら機関銃を浴びせても落ちない。銃弾の波間を潜(くぐ)り、近づいてはきては逃げ、そしてまた突っこんでくる。日の丸の鉢巻が見える。祖国のために死を覚悟し、己(おのれ)の誇りと勇気に支えられ、横殴りの嵐のような機関銃の弾雨(だんう)を見事な操縦技術で避け、航空母艦に体当たりし撃沈しようとする恐るべき敵に、水兵たちは、深い畏敬と凍りつくような恐怖とが入り交じった「感動」に似た感情を持つ。命を懸けた死闘が続く。ついに、神風は燃料が尽き、突っ込(ママ)んでくる。その時、撃ち落とす。その瞬間、どっと大歓声が湧(ママ)き上がる。その直後、耳が裂けるような轟音(ごうおん)を発していた甲板上がシーンとした静寂に覆われる。
 水兵たちはその素晴らしい敵日本人に、「なぜ落ちたのだ!?」「なぜ死んだのだ!?」「これだけ見事に闘ったのだから、引き分けにして帰ってくれればよかったのに!!」と言う。
 アメリカ水兵たちの感情は、愛国心に燃えた一人の勇敢な戦士が、同じ心をも(ママ)って闘った戦士に感じる真(まこと)の「人間性」であろう。それは、悲惨な戦争の美化ではなく、激戦の後、生き残った者たちが心の奥深く感じる戦争への虚(むな)しさだ。あの静寂は、生きるため、殺さなければならない人間の性(さが)への「鎮魂の黙禱(もくとう)」であったのだ。
(『國破れてマッカーサー西鋭夫

片岡鉄哉日本近代史マッカーサー
「情が薄い。兵は将軍の情によって働くことを、あの卿はわかっていない」(『晏子宮城谷昌光
 ひとつの事象は、かならず陰陽をもっており、陰の面はみかたによって陽の面に変ずるわけで、絶望的な凶(わる)い予言も、吉に爻(か)えることができる。ことばによる呪力を、ことばによって修祓(しゅうふつ)できる、そういう伝統が宋の国にはあり、晏弱(あんじゃく)はそれをおこなったといえる。(『晏子宮城谷昌光
 たとえば、大戦において敗北すれば、3年分の国の費用は、1日にして消えてしまう。もしも頃公(けいこう)にそのことが切実にわかっていれば、晋に無用の刺戟をあたえることを避けたであろう。(『晏子宮城谷昌光
 19世紀の産業革命は、ニュートン力学と熱力学にもとづいて、マクロな物質の製造・加工が、熱機関の発明によってもたらされたものでした。それが鉄鋼や自動車など、「重厚長大」の産業の基礎となり、それまでの人力や馬力に頼る生活を一変させました。現代の生産力の基礎も、それを受け継いでいます。
 20世紀に入り、原子や分子というミクロ世界の法則(量子力学)が明らかにされ、エレクトロニクス技術が大きく発展しました。コンピューターや半導体素子はあらゆる電器製品に使われるようになり、「軽薄短小」の産業が発展してきました。
(『科学の考え方・学び方池内了

科学
 思考の諸革命はつねに、現象的経験から経験を組織するパラダイム〔範列〕へ向かうゆさぶりの一粒化・渦巻運動の成果である。(『方法 1 自然の自然エドガール・モラン:大津真作訳)
 すべてのものは、因であり果であり、支え支えられ、直接的であり間接的であり、いかにへだったのもの、いかに異なったものをも結ぶ自然的で、感知されない【つな】でつながれているものであるから、全体を知ることなくして部分を知ることは不可能であり、部分をくわしく知ることなくして全体を知ることも不可能であると私は思う。 パスカル(プランスヴィク版、II、72)『方法 1 自然の自然エドガール・モラン:大津真作訳
 このように漢字は徐々に生まれてきたのではなく、強大な権力者によっていっぺんに生まれてきたのです。文字が生まれるには「大王」と呼ばれるような絶対的な神聖君主の存在が必要でした。
 そのいっぺんに生まれた四千数百もの文字のうち、現在でも読めるものが約二千五百文字あるそうです。
(『白川静さんに学ぶ漢字は怖い小山鉄郎

白川静
 例えば、「おもふ(おもう)」という日本語には、モノを考えるという意味はないのです。「おも」は顔のこと。それが動詞化した「おもふ」はうれしいことや悲しいことが「ぱっと、顔に出る」という意味です。その「おもふ」が漢字に出会って、深化していったのです。
 漢字の「思」の上の「田」は頭脳の形で、頭がくさくさするの意。「念」の「今」の部分はモノにふたをする形で、じっと気持ちを抑えている意味。「懐」は死者の衣の襟元に涙を落として哀悼すること。「想」の上の部分の「想」は茂った木を見ると心に勢いが出てくる、つまりモノを見て心が動くこと。ですから「想」は、この心の勢いを人に及ぼし、遠くおもいを馳せること、おもいやることです。
(『白川静さんに学ぶ漢字は楽しい白川静監修:小山鉄郎編)
 もう少し具体的に言えば、何かのアディクションに冒された人が、その対象となる化学物質を使用したり、対象となる行動をするのは、それによって自分が望む“気分の変化”を自分のなかに作り出したいという欲求のためです。そうすることで、彼らは本来自分がコントロールできない自然のサイクルをコントロールしているように感じます。(『やめられない心 毒になる「依存」』クレイグ・ナッケン:玉置悟訳)

依存症
 この(※依存)傾向が人間にそなわっているわけは、そもそも人間の脳が、即座に手に入る短期的な報酬を求めるように進化してきたからだ。私たちの先祖は、高エネルギーの果実をその場でむさぼり食ったり、性的刺激にすぐ反応したりしなければならなかった。そうしていなければ、あなたも私も、今、この世にはいないだろう。
 問題は、もはや身体的にも必要としておらず、種としての存続にも何の意味もないような報酬に満ちた環境を、私たちが築いてしまったことにある。たとえ必要のないものであっても、そういったものは報酬であるため――つまり、脳の中で期待感と快楽といった特定の感情を引きおくすため――私たちはつい手を伸ばさずにはいられない。
 言いかえれば、私たちは「【すぐに気分をよくしてくれるもの=フィックス】」に手を出してしまうのだ。
(『依存症ビジネス 「廃人」製造社会の真実デイミアン・トンプソン:中里京子訳)

依存症
 20世紀初頭、「写真歴史家」を自称するエドワード・カーティスの写したインディアンの写真が、アメリカじゅうのあらゆる寄宿舎や家庭の壁に飾られていたと言っても言いすぎではなかった。彼の一貫する被写体は、アメリカン・インディアンであり、テーマは、「消えゆく民族」、そして、その典型的な構図は、気品あるインディアンがメラコリックなポーズをとりながら、セピア色した永遠に見入る姿であった。(『アメリカン・インディアンの歌』ジョージ・W・クローニン編:渡辺信二訳)
 私たちはだれでも、子供の時に親から心に「感情の種」を植えられる。そしてその「種」は、本人が成長するとともに芽を出し成長していく。それは、ある親子にとっては「愛情」「他人を尊重する個々と」「独立心」などに成長する「種」であるが、そうでない多くの家庭においては、「恐れる心」「不安感」「過剰で不必要な義務感」「罪悪感」「いくらやっても不十分な気分」などに成長する種である。(『毒になる親 一生苦しむ子供』スーザン・フォワード:玉置悟訳)

虐待
 官僚機構の淵源(えんげん)は明治の太政官(だじょうかん)制、さらに遡(さかのぼ)れば古代日本の律令(りつりょう)政治にある。明治においては、議会政治が始まる20年も前に官僚主導の意思決定体制が構築され、すでにこの時代に官僚による専制=有司専制(ゆうしせんせい)が問題視されていたことを知らなければならない。(『日本の独立 主権者国民と「米・官・業・政・電」利権複合体の死闘植草一秀
 駒の動かし方や二歩の話をしたら、次はいよいよ「詰み」の話。そんなときに、1手詰が役に立ちます。中でも人気なのは、持ち駒のある問題で、どこに打てばいいのかな、と楽しそうに考えてくれます。そんな姿を見ていて、今一番必要なのは1手詰ではないか、と思うようになりました。(『1手詰ハンドブック』浦野真彦)

将棋
 これも重要なことだが、弁護士をすぐに信用しないことだ。いまだに日本人はこの職業名に弱いようだが、クズみたいな弁護士が世の中には山ほどいることを知っておいてほしい。
 なにしろ、こやつらの悪さは言語に絶する。私も悪いやつはたくさん見てきたが、この地球上で一番悪いのは、ヤクザでもない、詐欺師でもない、間違いなく(悪徳な)弁護士である。これは仕事でつきあいのある警察幹部や探偵、他の弁護士などとも一致した意見だ。これほど人の心をもてあそんで平気でいられる生き物を私は他に知らない。
 しかも、その目的がただの金だというのだから、その愚劣さは筆舌につくしがたい。
(『証拠調査士は見た! すぐ隣にいる悪辣非道な面々』平塚俊樹)
 あたかも水中に生きる魚が網目を突き破って河水の中へ帰っていくように、そのようにさまざまな世間的存在につなぎとめる【きずな】を引き裂いて、そして野火が一たび焼いてしまったところに滞留することがないように、そのようにひとり離れて修行し歩くがよい、あたかも一角の犀そっくりになって。(『スッタニパータ[釈尊のことば]全現代語訳』荒牧典俊、本庄良文、榎本文雄訳)

スッタニパータ仏教