「もし、所得が今の2倍だったら」と考えたことはないだろうか。実は「改革」さえ行わなければ、私たちの所得は軽く2倍を超えていたはずなのである。
 平均的日本人の所得は、この20年ほとんど横ばいだ。それでも、多くの人は、それを不満に思っていない。こんなものだと思っている。
 でも、それは、重大なことを知らされていないからだ。世界の平均所得が、20年間で2倍以上になったという事実である。
(『平成経済20年史紺谷典子

経済響堂雪乃
 一つ、二つ冷や水を注しておくと、坂本龍馬という男は長崎・グラバー商会の“営業マン”的な存在であったようだ。薩摩藩に武器弾薬を買わせ、それを長州に転売することができれば、彼にとってもメリットがある。グラバー商会とは、清国でアヘン戦争を推進して中国侵略を展開した中心勢力ジャーディン・マセソン社の長崎(日本)代理店である。この存在が「薩長同盟」の背景に厳然とある。朝敵となった長州は武器が欲しい、薩摩は米が欲しい……この相互メリットをグラバー商会が繋いだ。(『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト原田伊織

日本近代史明治維新吉田松陰
 自分の考えをコントロールすることは誰にもできません――さもできるかのように話をする人もいますが。私は、自分の考えを手放すのではなく、理解します。そうすると、考えの方が、私を手放してくれる感じがあります。
 考えは、そよ風や木々の葉、雨のしずくのようなもの。ただ現れるだけであり、問いかけを通じて、親しんでいくのです。雨のしずくに抵抗することはないでしょう? 雨は自分にとって意味をもつものではありません。考えもそうです。痛みを伴う考えをいったん理解できれば、それが再び現れたときには興味が湧きます。
(『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル:ティム・マクリーン、高岡よし子監訳、神田房枝訳)
 海外の不動産のローンはノンリコース(非遡及型融資)なのですよ、という話をすると、つい最近まで非常に驚かれることが多かった。ノンリコースでは、住宅ローンの支払いが不能になっても住宅を手放せば借金はチャラになるのだ。ローンが返せませんとなれば、住宅自体はローンを融資した金融機関が引き受ける。競売にかけて売り値が買い値を下回ったとしても、それはあくまでも金融機関の責任となり、ローンの借り手には返済の責任は生じないのだ。(『新・マネー敗戦 ドル暴落後の日本岩本沙弓

為替
 ハイパーインフレ論が信用されやすいのは、あまりに金額の桁が大きく人々の想像を超え、得体の知れない恐怖心をかきたてるからだろう。私は財務省にいたので大きな桁数の計算になれているが、一般の人は億円以上のおカネになると想像できなくなる。(『高橋教授の経済超入門高橋洋一
「人間には2種類ある。一つは人生につつきまわされても、ただそのままにしておく人たち。もう一つは、怒ってつつき返す人だ」(『金持ち父さん貧乏父さん アメリカの金持ちが教えてくれるお金の哲学ロバート・キヨサキ、シャロン・レクター:白根美保子訳)

マネー
 日本国政府が為替市場でドル買・円売り介入をするためには、ドルを買うための円資金が必要となる。その資金はどこから出てくるかと言えば、日本国政府が金融市場で政府短期証券を発行し、金融機関や機関投資家がそれを購入することで円資金を調達するのである。我々が預けている預金や支払っている保険料がめぐりめぐって政府短期債の購入に充(あ)てられているのだ。(『為替占領 もうひとつの8.15 変動相場制に仕掛らけれたシステム岩本沙弓

為替
GHQ焚書(ふんしょ)図書」というのは初めて聞く言葉だという人が多いかもしれません。GHQ(連合国軍総司令部)は、いうまでもなく第二次世界大戦の後、日本へ進駐してきた占領軍のことです。そのGHQが焚書をしていたのです。「焚書」というのは、流通している書物を止めてしまうこと、廃棄してしまうことです。紀元前3世紀に「焚書坑儒」(ふんしょこうじゅ)といって、秦の始皇帝が儒教の書物を焼き捨て儒者たちを穴に埋めて殺してしまった有名な事件がありましたが、その事件から焚書という言葉が生まれました。要するに書物を廃棄して国民に読ませないようにすることです。(『GHQ焚書図書開封 1 米占領軍に消された戦前の日本西尾幹二

日本近代史大東亜戦争
ゲシュタルト問題」がヨーロッパの思想界の舞台にのぼるのは、1890年にクリスチャン・フォン・エーレンフェルスというドイツの哲学者が「ゲシュタルト質について」という論文を発表していからである。彼はゲシュタルトを「感覚要素の総和以上のもの、総和とは異なったもの」と定義した。(『アフォーダンス 新しい認知の理論佐々木正人
 私は気化させたガソリンを連続的に爆発させて、燃えかすと爆音を世間に叩きつける、
 私は前後ふたつの車輪を意のままに回転させて、世に満つくだらない不文律を蹴散らす、
 私は無意味な高速がもたらす【がき】染みた示威行為によって、進退極(ママ)まった中年男を悲しみのどん底から救い、陶然と酔わせる。

 私にしがみついて疾駆する者は、自ずと他律的に振舞うことをやめるのだ、
 私と共にある者は、何事にも怯(ひる)まず、飯代に事欠く立場さえすっかり忘れてしまう、
 私といっしょに雲を霞(かすみ)と遁走する者は、私がその潜在意識とやらを充分に汲み取って、ひと思いに死なせてやろう。
 むろん独りで死なせはしない。

(『見よ 月が後を追う丸山健二
 独身のころ、多くの男性の中から一生の伴侶(はんりょ)となる一人をどうして選ぶことができるのだろう、そのような重大な選択の決め手となるのは何だろう、と常々思っていた。おそらく理想の条件をできるだけ多くかなえた人が合格するにちがいない。背が高くてハンサムで優しくて、こよなく私を愛してくれて、それでいて知的で高収入で……というように。しかし実際はそんな数々の条件はどうでもよくなっていた。彼にあった魅力はたった一つ、抜群にエクサイティング(面白い)ということだけだった。(『我が家の流儀 藤原家の闘う子育て藤原美子

藤原正彦育児
 メディアは「植草事件」の“成立”に大きく加担している。被告人が従来から病的常習性を持つ人物であるかのように、先行的なイメージを持たせる報道内容になっていた。根拠なき“病的性癖説”が瞬(またた)く間にメディアの間で躍り狂い、まるで事件をバックアップするかのように、そのイメージは世間に広まった。(『国家は「有罪(えんざい)」をこうして創る 「植草事件」裁判記録副島隆彦植草一秀、高橋博彦)

事件
「偽装」は偽りが晒(さら)された時に初めて「偽装」と認知される。偽りが露見するまでは「偽装」が「本物」として扱われる。「偽装」の怖さはこの点にある。「偽装」は何かのきっかけやアクシデントで偽りが表面化したもので、「氷山の一角」にすぎない。地震に脆(もろ)い構造のマンションに住んでいても、真実を知るまで不安を持つことはない。本当に恐ろしいのは「見逃されている偽装」だ。(『知られざる真実 勾留地にて植草一秀
 過去の歴史を支配する者は、未来を支配することもできる。日本は先の戦争に敗れてから、自国の歴史を盗まれた国となってしまった。
 歴史は記憶だ。記憶を喪失した人は、正常な生活を営むことができない。国家についても、同じことである。
(『大東亜戦争で日本はいかに世界を変えたか加瀬英明

日本近代史大東亜戦争
哲人●【対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず、不幸から逃れることができません】。(中略)
 競争や勝ち負けを意識すると、必然的に生まれてくるのが劣等感です。常に自分と他者とを引き比べ、あの人には勝った、この人には負けた、と考えているのですから、劣等コンプレックスや優越コンプレックスはその延長線上にあります。さて、このときあなたにとっての他者とは、どんな存在になると思いますか?

青年●さあ、ライバルですか?

哲人●いえ、単なるライバルではありません。いつの間にか、【他者全般のことを、ひいては世界のことを「敵」だと見なすようになる】のです。

(『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え岸見一郎、古賀史健)

心理学
 司馬(遼太郎)さんの罪は、明治至上主義を流布したことです。司馬さんの歴史観は、明治は明るく正しく、大東亜戦争へと進んだその後の軍部政府は日本史上連続性をもたない例外的な暗黒の時代であったとします。歴史が連続している以上、明治と昭和が断絶しているわけがない。皇国史観も、軍国主義も明治にその萌芽があり、昭和に大きく枝葉を広げたのは間違いないのです。(『日本近代史 「明治維新」という嘘原田伊織監修)

日本近代史
 筆者の経験上、成功するためには最悪のドローダウンの3倍の数字が目安となる。言い換えれば、3回連続して最悪のドローダウンに見舞われないかぎり、口座は破綻しないということだ。(『トレーディングエッジ入門 利益を増やしてドローダウンを減らす方法』ボー・ヨーダー:長尾慎太郎監修、井田京子訳)
 チベット問題について学んでいくなかで私は、戦前の日本がチベットのみならずモンゴルやウィグルなどとも浅からぬ関係を構築していたことを知った。それは旧帝国陸軍が極秘で推進していたユーラシア戦略の一環であり、モンゴル、ウィグルの独立を支援して反共親日国家群を樹立し、ソ連の南下を防ぎ、中国共産党との連携を遮断し、東アジアの赤化を阻止するという壮大な構想に基いていた。これを「防共回廊」構想という。(『帝国陸軍 見果てぬ「防共回廊」関岡英之

日本近代史
 わたしは、書物とりわけ古文書に取り憑かれたとしかいいようのない、奇妙な暮らしをしている。古文書を解読して書いた最初の著作『武士の家計簿』もそのようななかでできた。毎日のように、薄暗い書庫のなかに入り浸り、汚い床に座り込んで、ほこりのなかで古書をむさぼり読む。食べるものも食べず寝るのも忘れて、この陶酔の時間に、はまり込んでいってしまったがために、あるときは書庫のなかで倒れ、とうとう図書館から救急車で病院に搬送されてしまったこともある。しかし、これが好きなのだから仕方がない。(『日本人の叡智』磯田道史)

日本近代史
 この出会い(※黒船来航、ペリーの副官コンティ堀達之助中島三郎助の会談)は、きわめて象徴的である。最初の対話で発砲交戦を避けることができた。それには日米双方の事情があった。見えざる糸が「戦争」を回避させ、「交渉」へと導いた。やがて接触を重ねるうちに、双方ともに「交渉」の重要性を認識し、それに伴う行動を優先させていく。(『幕末外交と開国』加藤祐三)

日本近代史