ポサドニック号事件で海舟が、ロシアと決定的に対立、断絶せずにロシア・カードを生かしていたと考えると、戊辰戦争に際して、ロシア公使が「いくらでも金を貸しますから、戦争の始末をつけなさい」と海舟にうるさく言ってきたと海舟が言っていることの意味がわかってくる。西郷隆盛が江戸総攻撃を考えるにあたって、一番恐れていたのはこのロシア・カードではなかったか。榎本武揚が蝦夷地に艦隊を率いて逃亡するにあたって、一番当てにしていたのは、このロシア・カードではなかったか。(『勝海舟と幕末外交 イギリス・ロシアの脅威に抗して』上垣内憲一)

勝海舟日本近代史
 彼らは性剽悍(ひょうかん)である上に首狩りの遺習をさえ伝え持っていた。この首狩りの習俗が大陸からの移住民を迎えてからいかんなく発揮されはじめたのだ。
 新移住民はつぎつぎと彼らの持つ鋭利な刃物で、その首を刎(は)ねられた。
(『もう日は暮れた』西村望)

台湾
 かけ離れたレベルの存在があると、世間ってのは叩こうとするか、目を背けようとするか、そのどっちかなんだ。(『FX最終兵器』兄貴)
新田先生は社交ダンスが好きでしたね。ステップを踏みながら踊っているうちにターンをする場所がなくなると、入り口のドアを開けて外でターンをして戻ってきました。先生は社交ダンスまで生真面目でしたよ」(『夫の悪夢』藤原美子)

藤原正彦
 彼らは困難に耐えて生き抜いてきた。その力は敬服すべきものだった。驚きとは、私たちが知らない何かを知っていて、時々、異世界からやってきたような不思議な発言をするからだった。後になって明らかになるのだが、その何かとは、この世界に生きる人々の「存在」の限界と範囲についてである。彼らはそれを知っていた。(『消えたい 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』高橋和巳)

虐待
 古代西洋においては、論理学と分析哲学に偏っていたために、無を、目に見える事物の説明の一角をなす何かであるとする有益な見方になかなか近づくことができなかった。それとは対照的に、東洋の哲学者によって、無は何かであるとする概念は単純で理解しやすいものであり、そこから派生するものも否定的なものばかりではないという思想が作られた。(『無の本 ゼロ、真空、宇宙の起源ジョン・D・バロウ:小野木明恵訳)

ゼロ
 機械式時計が登場したのは14世紀のことで、当時は分針もなかった(分針が発明されるまでには、さらにおよそ300年かかる)。暗黒時代のヨーロッパ、宋時代の中国、あるいはペルシャ帝国の中心部に住んでいた小作農にとって、午後1時17分はそもそも存在していたのか?(『時間と宇宙のすべて』アダム・フランク:水谷淳訳)

時間論
 かつてチェスプレイヤーだった少年がいた。それぞれの駒の持つ潜在的な手筋が、色のついた光の閃きや軌跡を持つ物体として鮮明に見えるのが自分の才能のひとつだ、と彼は明かした。潜在的な手筋の展開が光る生き物のように見えて、どの光が局面を最強にさせ、緊張を最大にさせるかによって着手を選んでのである。ミスをしたのは最強ではない手を選んだときだったが、それは、これ以上ないほど美しい光の軌跡だった。――A・S・バイアット
(『完全なるチェス 天才ボビー・フィッシャーの生涯』フランク・ブレイディー:佐藤耕士訳、羽生善治解説)
甲野●ライト兄弟が飛んで1年くらいは、「あれは風に飛ばされたのであって、飛んだのではない」と主張していた当時有名な科学者がいたそうですね。しかしそれも、飛行距離が何キロ、何十キロと伸びていく中で、いつの間にか消えてしまった。実際にはわからないことだらけなのに現実に動いていて、日常的に人々が使っている。ですから、「科学的」とはどういうことなのか、というこをいったん権威から離れて考えるべきだと思いますね。(『響きあう脳と身体甲野善紀茂木健一郎

対談脳科学
 ――なにかこの人には足りない。
 と、子国は子罕(しかん)をみた。もともと心力のとぼしい人かもしれない。それゆえ情や知を湧かす力に欠けている。情というのは知識の温度を変え、知というのは情報の明度を変える。それによって見聞したことから雑色(ざっしき)や雑音が消え、ものごとの本質がみえることがある。そういうおどろきを子罕は与えてくれない。要するに、
 ――たいくつな人だ。
 と、子国は感じた。
(『子産宮城谷昌光
 僑(きょう)の問いは、ある知識量のうえにあり、それに答えるということは、知識というものを精神のなかで組み立てて示すということになる。(『子産宮城谷昌光
 恐怖の源、それは何より「死」である。肉体の死ばかりでなく、精神の死ともいうべき「狂気」である。直接的な恐怖はほとんど全て、このふたつの死へと収斂(しゅうれん)されると言っていいだろう。
 脆(もろ)い肉体に襲いかかる「苦痛」「暴力」「戦争」「大自然」「闇」「野獣」「病気」は肉体の死と結びついているし、自己の存在を揺るがす「嫉妬」「孤独」「喪失」「悪意」「怨霊(おんりょう)」「悪魔」「(人肉食などの)タブー破り」は狂気と結びついている。それら前段に当たる「未知」「不安」「他者」も同じだ。また「愚かさ」も大きな恐怖の種になる。愚かさゆえに人間は、自分で作りあげた半端な社会制度によって「偏見」「貧困」「差別」を産み、やはり緩慢(かんまん)な死へと自も他も追い込んでゆく。
(『怖い絵』中野京子)

美術
 DSMにおいて社会病質から反社会性人格障害へと名称が変更されたことは、顕著な社会行動障害を、社会的に誘発されるというより、より生物学的に説明されうる人格の変動要素と見なすように変化したことを意味する。(『サイコパス 冷淡な脳』ジェームズ・ブレア、デレク・ミッチェル、カリナ・ブレア:福井裕輝訳)

サイコパス