「義勇隊にとられた時は、どんな気持がしましたか?」
「とられたのではありません。自分で行ったのです。自分の【精神】で行ったのだから、誰にも文句はいいません」
(『高砂族に捧げる』鈴木明)

台湾
 さらに驚くべきは、日本の“侵略”なるものを批判し続ける反日国家・中国毛沢東首席もが日本の戦争に感謝の言葉を述べていたのである。
 昭和39年7月10日、北京を訪れた佐々木更三(こうぞう)日本社会党委員長が過去の戦争に対する中国への謝罪を口にしたとき、毛沢東はこう返したのだった。
《何も申し訳なく思うことはありません。日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました。みなさんの皇軍なしには、我々が権力を奪取することは不可能だったのです》(毛沢東著『毛沢東思想万歳』下巻、三一書房)
日本が戦ってくれて感謝しています アジアが賞賛する日本とあの戦争』井上和彦

日本近代史
 なぜ、われわれは、かつてあれほどはっきり持っていた「日本の自画像」を持てなくなってしまったのか。このことは、現在のわれわれが「日本」について考えるとき、まず絶対に脇において進むことのできない、大切な問いだと思うのです。(『日本人としてこれだけは知っておきたいこと中西輝政

日本近代史
 阪神・淡路大震災から5周年目にあたった、2000年1月17日の新聞各紙は大々的に震災特集を行いました。どの新聞をみても、特集記事のキーワードは被災者の「悲しみ」で貫かれていた。あるいは、震災の被災者が「今どういう生活を送っているか」という報道も、溢れています。こうした視線もたしかに大切ではあります。しかし、震災の教訓として日本人にとって、とりわけ「社会の公器」と自称し「公」を担う日本のマスコミにとって、最も大事なことは、言うまでもなく今後の防災をどうするのかという点にあったはずです。(『日本の「敵」中西輝政
 こんなことがあった。與一〈よいち〉の友達に、いわゆる部落出身者がいた。與一は、この友達と良く遊び、ときには、部落に行って飯まで食べて帰って来る。家の者に色々注意されると、
「同じ人間じゃ、何も変わっとりゃせん。変な目で見たら、誰でも変に見える」
 と答えて、家の者の言うことをきかなかった。この性格は終生変わらず、植民地であった台湾でも、漢民族や原住民族に接するときには、一人の同じ人間として付き合っている。この人間性が、後に、異民族の人達からも尊敬される八田與一の根底を成している。
(『台湾を愛した日本人 土木技師 八田與一の生涯』古川勝三)

日本近代史
 実は中卒でも従業員1000人以上の会社の人のほうが、大卒で従業員999人以下の人の生涯賃金よりも高いのです。(中略)
 学歴と年収(相関係数0.93)よりも、企業規模と年収(相関係数0.96)のほうが、強い相関関係があります。
(『借金の底なし沼で知ったお金の味 25歳フリーター、借金1億2千万円、利息24%からの生還記金森重樹