学問において、性質にねじれやゆがみをもっている者は、まずその奥義(おうぎ)に達しない。(『楽毅宮城谷昌光
 すなわち郭隗昭王(しょうおう)に問われて、つぎのように答えた。
「帝者は師とともに処(お)り、王者は友とともに処り、覇者は臣とともに処り、亡国の主は役(えき)とともに処ります」
 人君として至上の帝者には師があり、その下の王者には友があり、その下の覇者には臣があり、国を滅亡させる者には僕隷(ぼくれい)があるだけである。
(『楽毅宮城谷昌光
 天下の宰執(さいしつ)というべき薛公(せっこう/孟嘗君)に会ったというただそれだけの経験が、肚(はら)のなかにどっしりとすわっている。薛公は人にけっして恐怖をあたえない。むしろ、この人には以前どこかで会ったのではないかという親しげなものやわらかさをただよわせている。天下の信望を集める人とは、あのようでなくてはなるまい、と楽毅は痛感したことがある。(『楽毅宮城谷昌光
 田氏の家は矮(ひく)く狭い。しかし暗くもなく貧しくもない。
 田氏の妻がもっている豊かさと明るさとが、そうさせている。楽毅はかの女をみて、
 ――ああ、女とは、一家の宝なのだな。
 と、つくづく思った。
(『楽毅宮城谷昌光
 見なければならないものは、スローガンでも理念でも、ましてや正義でもない。その背後にあって利益を得るのは誰か、である。為政者およびその体制を支えている階層や集団の利益を守るための偽装、擬制でしかないことを、20世紀、あるいは太古からの人間の歴史が教えている。(『「正義」を叫ぶ者こそ疑え宮崎学
 辺り一帯に乱雑に打ち棄てられているのは、逆運に苦しむ阻害者の切ない思い、
 あるいは、心ない言葉に傷つきながらも、結局は隷従してしまう愚者の長過ぎる吐息、
 あるいはまた、ろくでもない病魔に魅入られた正直者の骨と肉とを容赦なく蝕む追懐の情。
(『見よ 月が後を追う丸山健二
 グレゴリー・ペレルマンというそのロシア人数学者は、査読つきの専門誌に論文を発表しなかった。そして、ほかの数学者たちが自分の証明を綿密に分析した論文を、きちんと検討することはおろか、それについて論評することすら拒否したのだ。世界中の一流大学から降るように舞い込んだポストの申し出もすべて断った。2006年には、数学における最高の栄誉であるフィールズ賞が授与されるはずだったが、彼はこれも辞退した。そしてそれ以降、ペレルマンは数学者ばかりか、ほとんどすべての人と連絡を断ってしまったのである。(『完全なる証明 100万ドルを拒否した天才数学者マーシャ・ガッセン:青木薫訳)
 物質の世界に必須栄養、例えばビタミンが在るように、情報の世界にも、生きるために欠くことのできない〈【必須音】〉が存在する。(『音と文明 音の環境学ことはじめ大橋力
甲野●このあいだ工業デザイナーの秋岡芳夫(あきおか・よしお)先生をお訪ねしたとき、いろいろうかがいまして、面白かったのは、畳がなぜこの大きさなのかという話です。あれは、織田信長が決めたとおっしゃるんです。つまり平時には敷いておいて、いざというときに持ち上げて盾にする。鉄砲玉がきたときの盾になるんです。身が隠れるだけの高さ、幅、それと厚みが当時の火縄銃なら貫通しないということであの大きさを決めたんですね。(『古武術の発見 日本人にとって「身体」とは何か養老孟司甲野善紀
 すさまじいのは逸勢の娘の妙冲(みょうちゅう)である。妙冲は泣きながら父のあとを追いつづけ、京都から三ケ日町まで歩き、病死した父を埋葬したあと、墓前に庵(いおり)を結んで9年をすごした。無実の罪で死んだ父の無念が娘にそうさせたのであろう。それについて書かれた鴨長明の『発心集』(ほっしんしゅう)の「橘逸勢之女子配所にいたる事」は、涙なしでは読めない。(『他者が他者であること宮城谷昌光
石原莞爾
 という名には、さまざまなイメージが錯綜する。
 一方の評価として、満州事変をひきおこすことで、日本を戦争へと導いた、戦争犯罪人の一人だとするものがある。
 他方には、世界の趨勢にさきがけて、軍備の放棄をよびかけた平和主義の先駆だという見方もある。
 20倍にのぼる敵軍を壊滅させた天才的な戦略家である、とも云われ、狡猾な陰謀家とも評されている。
 霊的な資質をもった予言者とよばれると同時に、世界史の終焉を結論した精緻な理論家ともみなされている。
 近代文明のダイナミズムを信じた国家主義者であり、コスミックな感性から都市文明の解体を宣言したユートピア主義者でもあった。
 皇室を尊奉する帝国軍人であると同時に、日本という国家を超える理想と正義のヴィジョンを持っていた。
 ある歴史家は、日本においてヒトラームッソリーニに匹敵するただ一人のカリスマだと云い、晩年身近に接した婦人は、さながら菩薩のような温容だったと語る。これらの要素のすべてが、いくらかは石原莞爾に該当している。
(『地ひらく 石原莞爾と昭和の夢福田和也
 声は人間がもつきわめて強力な道具であり、意思の疎通において何より重要なものと言っていい。声は体の一部であると同時に心の一部でもある。生まれてすぐに経験することや、社会の慣習という強い圧力によって、私たちの声は影響を受ける。声は内なる世界と外なる世界をつなぐ架け橋だ。心の奥深くにある隠れ家から出発して、公の領域へと出ていく。声を通じて、自分が自分をどうとらえているかがあらわになり、どうなりたくないかと思っているかまでもが暴かれる。声はいろいろな情報を教えてくれる。恐れ、力、不安、卑屈、活力、真偽。他者についても自分自身についても、それらを知る手がかりを与えてくれる。(『「声」の秘密』アン・カープ:横山あゆみ訳)
 おそらく最も重要な点は、金融のグローバリゼーションによって、先進国と新興国のマーケットの区別があいまいになったことだろう。中国は、アメリカの銀行になった。具体的に言えば、共産主義者が債権者に、資本主義者が債務者になった――。これは、画期的な大変革だ。(『マネーの進化史』ニーアル・ファーガソン:仙名紀訳)

マネー
「人を死なせるには、何アンペア必要だと思いますか。交流電流で100ミリアンペア。それだけであなたの心臓は細動を起こす。あなたは死んでしまうんです。100ミリアンペアは、1アンペアのたった10分の1ですよ。電気店で売ってるごく一般的なヘアドライヤーは10アンペア消費する」(『バーニング・ワイヤージェフリー・ディーヴァー:池田真紀子訳)
「才介、頼みがある。末次の身代を継いで後、……俺がもし朋輩と呼ぶに値せんようなザマになった時には、お前の手で、斬ってくれ」
「断る。お前なんか斬ったら刀が穢(けが)れる」
(『黄金旅風飯嶋和一

キリスト教
 バイアスがそれほどの力を持つのは、人間がその存在に気づかないからだ。(『隠れた脳 好み、道徳、市場、集団を操る無意識の科学シャンカール・ヴェダンタム:渡会圭子訳)

脳科学認知科学
 だが超越的秩序の宗教は、人間の勝手な思い込みの産物である。ある特定の風土の下で生まれた妄想を人類の普遍的救済原理であると考えることに、そもそも問題があったはずである。それだけではない。この妄想としての超越的秩序の宗教を最高のもの、文明のシンボルであるとみなすヤスパースアイゼンシュタットの文明論は、自分たちの欲望を貫徹するために仮想的をでっちあげ、妄想としての世界秩序を力ずくで強要することを容認し、間接的に支援した。(『一神教の闇 アニミズムの復権安田喜憲