「偽装」は偽りが晒(さら)された時に初めて「偽装」と認知される。偽りが露見するまでは「偽装」が「本物」として扱われる。「偽装」の怖さはこの点にある。「偽装」は何かのきっかけやアクシデントで偽りが表面化したもので、「氷山の一角」にすぎない。地震に脆(もろ)い構造のマンションに住んでいても、真実を知るまで不安を持つことはない。本当に恐ろしいのは「見逃されている偽装」だ。(『知られざる真実 勾留地にて植草一秀