指先さえも見えない闇の中にいると、いろいろな感覚が研ぎ澄まされてゆく。視力を奪われる代わりに、触覚や聴覚や嗅覚が過敏になる。
 最も鋭敏になるのは聴覚だ。陽が沈む前は気が付かなかった音が四方から聞こえてくるようになる。薪をくべる音。炎が燃える音。水を飲み込む時に鳴る誰かの咽喉の音。鼾やオナラの音。誰かが寝返り打ってハンモックが擦れる音。何かをかき混ぜるような音。飛び交う蝙蝠(こうもり)の羽音。一筋の突風が吹いてきて大木が軋む音。雨の重さに耐えきれず、森のどこかで木が倒れる音。遠くの湿地で雄の蛙が雌の気を惹こうとして咽喉を鳴らす音。その蛙が蛇に襲われたか何かして、けたたましく叫ぶ音……。
(『ヤノマミ』国分拓)