視覚は神経疾患の影響を受けることが多い。それどころか眼は、実は脳の一部なのだ。(『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人リチャード・E・サイトウィック:山下篤子訳)

脳科学共感覚
 その年の9月1日、日本では関東大震災が起こっていた。大震災のニュースはベルリンにも届いた。しかし、現在ほど通信が発達していなかった当時、日本で起こった地震は富士山すらも吹き飛ばしたと書き立てられた。東京からの電報為替も一時不通になった。(『嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯中丸美繪

斎藤秀雄
 そういう意味で人間は「言葉する存在」です。
 その言葉は、世界を切り取って名付けていく単語つまり語彙と、文体(スタイル)からなり、これらのあり方が人間の思考を決定づけています。文体というのは語彙を載せる船のようなもので、その船が思考の枠組みとして、あるいは文化として一番大きな力を持っています。われわれはその船を離れて思考することはできません。思考や行動は具体的な言語のなかに微粒子的に存在し、これと一体のもので、自分たちの文体のあり方をどのように変えていくかを考えないかぎり歴史が変わっていくことにはなりません。またこのことは、人間の歴史が、言葉(語彙と文体)から離れられず、したがって言葉の枠組が変われば、歴史もまた異なった姿であらわれる事実を意味します。
(『漢字がつくった東アジア石川九楊
 鎌倉仏教のなかで、法然親鸞は他力の信仰を求めて生き、道元日蓮は自力の修行に打ちこんだ。法然と親鸞とは、この世の価値を究極的に否定し、道元と日蓮は、あの世の実在を否定した。同じ鎌倉仏教と呼ばれる宗教から、どうしてこうもちがった考え方が選びだされたのであろうか。そのひとつの重大な理由は、法然、親鸞が乱世に際会し、道元、日蓮が鎌倉政権安定後に活躍した、という歴史的背景の差異に求められる。乱世は人間に無力をさとらせ、治世は人間に努力の意義を呼びさますからである。(『鎌倉佛教 親鸞と道元と日蓮戸頃重基
 キャンプへ、私は抱え切れないくらいたくさんの本を持って行った。とはいっても、人を教えるのに役に立ちそうな知識を本から吸収してやろう、という欲張った考え方からではない。荒川さんから教わった指導者の心得に従ったまでだ。
「選手と一緒に行動する時は麻雀はするな。退屈したら本を読め」
 と荒川さんはいっていたのである。麻雀をしてはいけないという理由は、
「キャンプや遠征先の宿舎の部屋へは、いつ選手が訪ねてくるかわからない。そういうとき、麻雀をしていて“ちょっと待ってろ”というのでは、人を指導する資格はない。部屋まで訪ねてくるような選手は十人中十人までが何か悩みごとや相談ごとをかかえているものだ。そういう選手の相手をしてやれないようでは、指導者としては落第である。また、どんな優れた指導者でも、心が通じ合わなければ、なにごとも成し得ない。せっかく部屋まで訪ねてきた選手の意欲まで、たかが遊びの麻雀くらいで潰してしまってはいけない」
 というものである。
(『回想王貞治
 終戦直後から今日まで、延々と繰り返されている反日史観(日本断罪史観)の根底は、東京裁判史観と1932年(昭和7年)のコミンテルン・テーゼ(「32年テーゼ」)にある。
「32年テーゼ」とは、ソ連共産党が日本共産党に与えた指令書で、日本を強盗国家・封建的帝国主義国家と一方的に弾劾(だんがい)したものである。しかも、証拠も根拠もお構いなし。終始、嘘でかためた言いっ放しにすぎないが、以来、この指令書は反日的日本人の“聖典”とされつづけた。日本人の「自虐の系譜」はかくも根深い。自国の歴史を他国からズタズタに干渉されることを容認するばかりか、狂喜乱舞してこれに飛びつく――。
(『日本国民に告ぐ 誇りなき国家は、滅亡する小室直樹

日本近代史
菅沼――除染は鹿島などの大手ゼネコンが元請けをしています。さらに福島原発を廃炉にするということになると、誰が廃炉にするかといえば、国内では東芝や日立製作所、三菱重工、あるいはフランスのアレバやアメリカのGEです。つくるのも利権ですが廃炉にするのも利権なのです。
 しかも廃炉にする方が、もっと莫大な金がかかるそうです。原子力村という言葉がありますが、廃炉もあいかわらず原子力村の利権になってしまう。脱原発も原発推進派、原子力村の利権になるわけです。
(『この世界でいま本当に起きていること中丸薫菅沼光弘
菅沼●とにかく今の麻薬取引はみんなにせ札で行われているんです。
 例えば、東南アジアで昔からいろんな取引があったでしょう。そこではにせ札が本当の通貨として流通している。これは一体何だ。
 ドルというのは日本の日銀券と違うんです。あんなものは私的な銀行のものですよ。バンクノートですよ。香港のホンシャン銀行が出している香港ドルと同じです。よく言われているように、CIAの活動資金は、みんなにせ札です。だって、基軸通貨だからアメリカはどんどんドルを出せる。アメリカのCIAが使っているおカネは全部自分たちでつくったおカネ。昔のKGBも、どんどんスーパーKをつくった。そのKGBの印刷機を北朝鮮はいただいちゃった。
(『国家非常事態緊急会議 日本人よ! こうして植民支配のくびきを断て!菅沼光弘、ベンジャミン・フルフォード、飛鳥昭雄)
 こんなふうに情報を「ごちゃまぜ」に入れておいて大丈夫かと思うかもしれませんが、大丈夫です。いや「ごちゃまぜ」だからこそ、どんなジャンルの本の読書メモでも、どんな内容のしごとでも、何についてのアイデアだろうと、【「どこに書けばいいのか」と迷うことなく、すぐさま1冊のノートに入れることができるのです】。(『情報は1冊のノートにまとめなさい 完全版奥野宣之
 読書メモを手で書くのは面倒ではないか、と思う人は多いでしょう。
 僕もよく億劫(おっくう)に思います。
 しかし【「面倒だからこそ身につく」】ということも言えるのです。山の頂上にロープウェイで行くのと苦労しながら自分の足で行くのとでは、結果は同じでも、体験としては、またく違うものになるでしょう。そうやって手間暇かけることで、はじめて十分な見返りが得られるという一面もあるわけです。
 本の抜き書きをしたり、感想を手で書き残すことはただの「作業」ではありません。
 確実に、【将来のアウトプットの仕込み】になるのです。
(『読書は1冊のノートにまとめなさい 完全版奥野宣之
 疲労は人を感傷的にさせる。極度の疲労は人を詩人にする(徹マンも二晩目にはいるとすべての言葉は詩に近づいてゆく)。(『我が心はICにあらず小田嶋隆
「交換価値は価値の現象形態にすぎず、〈価値〉ではない」と、1879年から80年にかけて書かれた「アードルフ・ヴァグナー著『経済学教科書』への傍注」(杉本俊朗訳、『マルクス=エンゲルス全集』第19巻、所収、大月書店)のなかでマルクスははっきりとのべている。(『貨幣論岩井克人
 著名な民族音楽学者ブルーノ・ネトルは、音楽を“言語の埒外にある、音による人間のコミュニケーション”と定義した。おそらく、これより妥当な定義は無理だろう。(『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化スティーヴン・ミズン:熊谷淳子訳)
 アネモネカタクリヤマブキソウキツネノカミソリキリンソウツリガネソウ……。
 おじいさんはぼくたちの知らない草花の名前を、次から次へと並べた。ぼくたちはそれぞれの花畑を夢見ながら、何もなくなった庭に降る雨をただ見ていた。すっかり生まれ変わり、新しく何かが根づくことを待っている土に、天から水がまかれる音を耳を澄まして聞いていたのだ。
(『夏の庭 The Friends湯本香樹実
「いずれにせよ、常に断崖の縁を歩いてきた人間にとって、最大の緊急事態も、いわば日常茶飯の出来事にすぎません」(『永遠の都ホール・ケイン:新庄哲夫訳)
 感動というコトバがブームなのか知りませんが、以前はスポーツ選手が「感動を与えたい」などと口にはしなかったと思います。感動する、しないは受けるほうの自由なのですから、謙虚な気持ちがあればそんなことは言わないはずです。
 それにしてもここまで日本人は感動に飢えているのかと言いたくなります。感動を与えてもらいたいほど感動のない生活をしているということかもしれません。しかし感動は与えられるものでなく、みずから動いてつくっていく積極的なものであるはずです。何かを感じて動くことで湧いてくるものです。感動は人から簡単に与えられるほど安直なものではないのです。
(『運に選ばれる人  選ばれない人桜井章一
 わが国最初の火葬例は、公式記録によれば、文武4年(700)に死んだ元興寺(がんこうじ)の僧道昭(どうしょう)である。(『隠された十字架 法隆寺論梅原猛
 戦争がだんだんはげしくなってきて、これは、敗けるかも知れないという重苦しい気持が、じわじわと、みんなの心をしめつけはじめるころには、もう私たちの心から、〈美しい〉ものを、美しいと見るゆとりが、失われていた。
 燃えるばかりの赤い夕焼を美しいとみるかわりに、その夜の大空襲は、どこへ来るのかとおもった。さわやかな月明を美しいとみるまえに、折角の灯火管制が何の役にも立たなくなるのを憎んだ。
 道端の野の花を美しいとみるよりも、食べられないだろうかと、ひき抜いてみたりした。
(『一戔五厘の旗花森安治
 頭が痛い、肩がこる、冷える、肌が荒れる、生理不順など、病名がつくほどではないけれど、どうにかしたい不快な症状……これらはすべて脳から発せられるSOSのサインだと思ってください。不調が生じるのは、脳が「ここを見て!」と声を上げているのです。このサインを軽視してはいけません。放っておくと症状はどんどんエスカレートして、取り返しがつかないほど進んでしまいます。
 そこで、ツボです。サインを敏感に察知する方法として、ツボはとてもいいのです。脳には体中の情報が集まっていますが、脳は神経とつながっており、神経は、体中のたくさんのツボとつながっているのです。
(『一目でわかる! 必ず見つかる! ホントのツボがちゃんと押せる本加藤雅俊
 書くことは、欠く、掻く、画く、描くに通じるかくこと。土地をかくことが「耕」。「晴耕雨読」は、耕すことが書くことを含意し、東アジア漢字(書)言語圏に格別の言葉である。(『一日一書石川九楊
 ローマ人は市内になだれこんだが、アルキメデスは周囲のパニックを気に掛けなかった。地面に座り、砂のうえに円をかいて、ある定理を証明しようとしていた。服を汚した75歳のアルキメデスに、一人のローマ兵が、ついてこいと命じた。アルキメデスは拒んだ。数学的証明がまだ終わっていなかったからだ。怒った兵士はアルキメデスを斬り殺してしまった。かくして、古代世界最高の知性はローマ人によって不必要に殺されるという形で死んだのだった。(『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念チャールズ・サイフェ:林大訳)

数学
 あらゆる人間が、建設的で心暖まる話しか話題にしないような、そんな世の中が理想だと考える連中がいるのは仕方がないにしても、すべての人間にそうしたふるまいを強要する権利は誰にもないはずだ。
 言うまでもないことだが、この世の中には、人間がした行為を裁く法律はあっても、人間がアタマの中で考えていることを裁く法律はない。
 ところが、今回の事件を通じて、あなたがた(と、ついに二人称を使いはじめる)がしようとしたことは、ミヤザキ(※宮崎勤)の行為をではなく、ミヤザキの生活姿勢や性格や家庭環境を裁くことであり、彼のアタマの中味を裁くことだった。
 ということはつまり、我々(いっそ、一人称を使うことにしましょう)は、ミヤザキのみならず、人間一般の「孤独」を裁こうとしたということなのだ。
(『安全太郎の夜小田嶋隆
 彼女(※鶴見和子)は大腸癌でまもなく亡くなりましたが、その前にリハビリを打ち切られ、とうとう起き上がれなくなった現実が深く影を落としています。直接の死因は癌でも、間接的にはリハビリ打ち切りがこの碩学を殺したのです。
 彼女も生前しきりに「小泉に殺される」といっていたそうです。
(『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか多田富雄
ジェノサイドが始まった直後)私たちの羊飼いは子羊を見捨てた。さっさと逃げてしまった。子供を連れて行くことさえしないで、私には、両司祭が私たちを見捨てた事実を理解することも受け入れることできなかった。二人は小型バスに乗る前に、誰にともなくこう言った。
「お互いに愛し合いなさい」
「自分の敵を赦(ゆる)してあげなさい」
 自らの隣人に殺されようとしているその時の状況にふさわしい言葉ではあったが、それは私たちを取り囲んでいるフツ族に言うべきだろう。
 司祭の一人はベルギーに避難した後、こうもらしたという。「地獄にはもう悪魔はいない。悪魔は今、全員ルワンダにいる」と。神に仕える者が、迷える子羊たちを荒れ狂うサタンの手に引き渡すとは、感心なことだ!
 ある修道女もトラックに乗る前に、周りに殺到してきた人々に向かって「幸運を祈ります!」と言っていた。ありがとう、修道女様。確かに幸運が来れば言うことなしなのだが。
(『ルワンダ大虐殺 世界で一番悲しい光景を見た青年の手記レヴェリアン・ルラングァ:山田美明訳)
 早期リハビリテーションと称して急性期に早期起立や早期歩行を求めると、脳の自然回復を遅らせる可能性がある。さらに、早期起立や早期歩行は「痙性(spasticity)」という異常な緊張感を増悪させる主原因となる。痙性がどれほど患者の動きを制限するか、また一度発現するとその異常な筋緊張の制御がどれほど困難であるかは、臨床で働くセラピストなら誰もが知っているはずである。(『リハビリテーション・ルネサンス 心と脳と身体の回復、認知運動療法の挑戦宮本省三

リハビリ
 しかし、障害をもったとしても、障害というものは、その人の全体の中のごく一部にすぎない。その人自身の価値(存在価値)は、まったくそこなわれていない。それなのに、障害によって失ったものだけに目を向けてしまうのは偏った価値観に支配されているからである。
 そのような状態から立ち直るということは、結局、価値観を転換するということが基本になる。単に、弱い気持ちを強い気持ちにするということではない。これまでの人生観そのものを根本から変えるわけであるから、これが実は、一番難しいことかもしれない。
(『リハビリテーション 新しい生き方を創る医学上田敏

リハビリ
 ヨーロッパ各地でナチスが虐殺したユダヤ人の数

 ドイツ 18万人
 オーストリア 5万人
 チェコスロヴァキア 25万人
 フランス 6.5万人
 ルクセンブルク 3000人
 スカンディナビア 7万人
 オランダ 10.2万人
 イタリア 9000人
 ユーゴスラヴィア 5.1万人
 ギリシャ 6.2万人
 ルーマニア 20.9万人
 ハンガリア 19万人
 ブルガリア 5000人
 ソ連 75万人
 ベルギー 3万人
 計 447万9700人

(『新版 リウスのパレスチナ問題入門エドワルド・デル・リウス:山崎カヲル訳)

パレスチナ