人が体験するのは、生の感覚データではなく、そのシミュレーションだ。感覚体験のシミュレーションとは、現実についての仮説だ。このシミュレーションを、人は経験している。物事自体を体験しているのではない。物事を感知するが、その感覚は経験しない。その感覚のシミュレーションを体験するのだ。
 この見解は、非常に意味深長な事柄を述べている。すなわち、人が直接体験するのは錯覚であり、錯覚は解釈されたデータをまるで生データであるかのように示す、というのだ。この錯覚こそが意識の核であり、解釈され、意味のある形で経験される世界だ。
(『ユーザーイリュージョン 意識という幻想トール・ノーレットランダーシュ:柴田裕之訳)

認知科学
 1995年にオクラホマ・シティの連邦ビルを爆破した犯人、ティモシー・マクベイがすぐに逮捕されていなかったら、米国はミシガン州を初め(ママ)とする、マクベイが故郷と呼ぶ場所を攻撃しただろうか。そんなことはしない。マクベイを発見して処罰するまで、大規模な捜査をするだけである。けれども、米国は、アフガニスタンに関して、タリバン政権を支持する人々を、アフガニスタン人であろうと外国人であろうと「テロリスト」であるとし、法的ではないにせよ道徳的に、9月11日の惨劇か、そうでなければ過去の反米テロリズムに関わっていると決めつけた。そして、アフガンへの攻撃は、フェア・ゲームであるとしたのである。(『アメリカの国家犯罪全書』ウィリアム・ブルム:益岡賢訳)
ひろさちや●1232年(貞永元年)に「貞永式目」(正しくは「御成敗式目」)が制定されると養老律令が停止されてしまう。ですから、法然上人、親鸞聖人が島流しになったときは、まず僧籍を剥奪して、そして一般人に戻して流罪という刑罰を科しています。これは、僧にはいきなり国家権力は介入できない。教団は治外法権ですから。だから、一遍、僧を俗人に戻さないといけない。そうじゃないと処分できないわけですね。ところが「御成敗式目」以後はそうではない。日蓮はいきなり「首切り」の処分を受ける。これは単に悪口を言った、治安を乱したというだけでの処刑ですね。ですから、養老律令に照らしての処分じゃない。ただ軍事政権が、戒厳令政府が勝手にやったものですね。(『ものぐさ社会論 岸田秀対談集岸田秀
 美しい自然を眺め、或いは、美しい絵を眺めて感動した時、その感動はとても言葉で言い表せないと思った経験は、誰にでもあるでしょう。諸君は、なんとも言えず美しいと言うでしょう。このなんとも言えないものこそ、絵かきが諸君の眼を通じて直接に諸君の心に伝えたいと願っているのだ。音楽は、諸君の耳から這入って真直ぐに諸君の心に到り、これを波立たせるものだ。美しいものは、人を沈黙させる力があるのです。これが美の持つ根本の力であり、根本の性質です。絵や音楽が本当に分かるということは、こういう沈黙の力に堪える経験をよく味わうことにほかなりません。(『モオツァルト・無常という事小林秀雄
(氾濫する科学情報を識別するための十カ条)
 1.懐疑主義を貫き、多様な情報を収集して自分自身で判断する
 2.「○○を食べれば……」というような単純な情報は排除する
 3.「危険」「効く」など極端な情報は、まず警戒する
 4.その情報がだれを利するか、考える
 5.体験談、感情的な訴えには冷静に対処する
 6.発表された「場」に注目する。学術論文ならば、信頼性は比較的高い
 7.問題にされている「量」に注目する
 8.問題にされている事象が発生する条件、とくに人に当てはまるのかを考える
 9.他のものと比較する目を持つ
 10.新しい情報に応じて柔軟に考えを変えてゆく
(『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学松永和紀
 かつて(1989年)天安門事件というのがありました。そのときに、天安門を占拠した若い学生のなかから「中国共産党打倒」のスローガンが出たのですね。これに、その当時の、鄧小平を中心とする古い指導者たちは物凄くショックを受けたわけです。そこで、鄧小平たちが考えたのは、「これでは駄目だ。若者に愛国教育をやらんといかん」ということでした。愛国教育とは、「中華人民共和国をつくるについて(ママ)、中国共産党が日本軍国主義の侵略を排除するためにどれだけ苦労したか」ということを教えるということです。
 つまり彼らの言う愛国教育というのはイコール反日教育です。これを江沢民体制の10年ずっとやってきた。そして、今も続けています。
(『日本を貶めた戦後重大事件の裏側菅沼光弘
 知は力である。
 人間の知がライオンの筋肉を打ち砕き、いとも簡単に檻の中に閉じこめることができる。信じられないことだが「知」は現実の世界では「力」として働くのである。
 そして、「知イコール力」という原理原則がはたらく(ママ)のは暴力の世界だけではない。お金の世界でも同じことである。知を獲得した物が他を圧倒する。
(『国債は買ってはいけない!武田邦彦