(GHQによる)占領期間は7年ですから、そんなに長くなかったですよ。その間にやったことが、今日に至るまで続いている。いまいくらか問題になっているし、石原慎太郎さんなんかも言っていますが、主権のない時代、占領中につくられた法律は全部無効だという国際条約(ハーグ陸戦条約など)があるわけです。それは日本もアメリカも批准しています。だから、昭和27年4月28日、日本が独立した日に、それまでの占領中につくられた法律、憲法も含めてすべてこれは無効であると、全部廃止すべきであった。そして、改めて、法律の内容を吟味し、これがいいならばそのまま残せばいいし、ということでやればよかった。いま、例えば憲法改正の動きが国会でもありますが、しかし、主権のない時代に制定された法律はすべて無効だという形で、一回決断しないといけない。無効なのだから、憲法改正ではなくて、新しい自主憲法をつくるという形でないといけない。(『誰も教えないこの国の歴史の真実菅沼光弘

日本近代史
 マッカーサーにも有名な発言がある。1951年5月、米議会上院軍事・外交合同委員会聴聞会で、レイバンのサングラスが大好きなこの陸軍元帥は、「ドイツ国民は、われわれ同様、成熟した民族だが」と前置きしてから、こう証言した。「しかしながら日本人は、時間で計った場合には古いが、現代文明の基準で計った場合には、彼らは、われわれが45歳であるのに対して、12歳の少年のようなものでしょう」。(『完本 ベストセラーの戦後史井上ひさし
 長い楚(そ)の歴史のなかで、ただいちど、亡命してきた天才に政柄(せいへい)をにぎらせたことがあった。その天才とは、
呉起」(ごき)
 である。呉起が楚でおこなった改革は商鞅(しょうおう)のそれの先駆的な意義をもつ。呉起の才能は軍事にとどまらず、立法、司法、行政におよんだ。その改革が国の体質を変え、王族から庶民までの意識を刷新しおえたら、楚は天下を経営するようになったであろう。
(『奇貨居くべし宮城谷昌光

呉子
 胸のなかに風が吹き、花びらが落ちた。風とともに去った花びらもあれば、地中に淪(しず)んだ花びらもある。(『奇貨居くべし宮城谷昌光
 ――公(こう)は明(めい)を生じ、偏(へん)は闇を生ず。
 公平であることは光明を産むが、偏(かたよ)りは闇を産む、と師の孫子(※荀子)はいった。
(『奇貨居くべし宮城谷昌光
「教鞭をとりたくても、わしには鞭(むち)がない。不韋(ふい)はおのれを鞭で打たねばならない。それを勉強という。それをやるか」(『奇貨居くべし宮城谷昌光
 女の話をするときの男たちの目つきや口ぶりに、ほかの楽しみを話すときとはちがう、隠微な卑しさがただよう。ことばは陰(くら)い爛(ただ)れを帯び、笑いにも、澄んだ明朗さがなく、のどにかかってそこからしみでてきたような不透明さをもっている。そういうころを目撃すること自体、呂不韋(りょふい)は嫌いであった。(『奇貨居くべし宮城谷昌光
 銀行やシンクタンクが試算していますが、消費税10%になったときどうなるかというと、一時的に税収が増え、景気もある程度よくなる可能性があるといいます。これは消費税が上がる前の駆け込み需要があるからで、当然ながらそれは2~3年もしないうちに急速に落ち込んでしまう。景気はどん底になっていく。そういう試算がなされています。
 ところがその試算をどこも発表しません。なぜ発表しないのかというと、全部上から止められている。財務省から圧力がかかっている。そんな試算を発表されて、消費税増税がつぶされたら元も子もなくなるからです。
(『この国はいつから米中の奴隷国家になったのか菅沼光弘
 昔の中学校の漢文の時間で、「この自はミズカラか、オノズカラか」という質問を先生からよく受けたことがある。それは、自に二つの意味があるという理解があったためである。
 ミズカラのほうは、自分で手を下して何ごとかをするばあいに使う。これにたいしてオノズカラは、自分が手を下さないでも、そのことが自動的に運ぶばあいに用いられる。もうすこし詳しくいえば、ミズカラには意識や努力がともなうのにたいして、オノズカラはそうした意識や努力を必要としないことをさす。もしそうだとすれば、ミズカラとオノズカラとは正反対の意味をもつことになる。
(『「無」の思想 老荘思想の系譜森三樹三郎
 道の道とすべきは、常の道に非(あら)ず。名の名とすべきは、常の名にあらず。無名は天地の始めにして、有名は万物の母なり。故に常に無欲にして以(もっ)て其(そ)の妙を観(み)、常に有欲にして以て其の徼(きょう)を観る。
 此(こ)の両者は同出にして名を異にするも、同じく之(これ)を玄と謂(い)う。玄の又(また)玄、衆妙の門なり。(『老子』)
(『老子・荘子森三樹三郎