電話を切って私を見るとき、彼女の顔はあの表情をうかべている。ほかのひとたちがそれをどう名づけているか知らないが、私はそれを、“私は本物よ”的表情と名づけている。ということは彼女は本物で、いつも答えを知っていて、私のほうはそれより劣る人間で完全に本物とはいえない、診察室の椅子のぶつぶつした布地の感触をスラックスを通して感じることができてもだ。私はいつも尻の下に雑誌を敷いておくが、そんなことをする必要はないと彼女は言う。彼女は、自分は本物だと思っている、だから私に必要なことも必要でないことも知っている。(『くらやみの速さはどれくらいエリザベス・ムーン小尾芙佐訳)
 ギャンブルは、経済思想や経済組織の中核をなす。多くの金融関係者がこの考えをどれほど不愉快に思おうと、それが事実であることに変わりはない。(『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学アーロン・ブラウン:櫻井祐子訳)
 私は今日も生きていた。単に生きていただけに過ぎなかったのではないだろうか。生物学的に生きていることの淋しさ。限りない無意味さ、味気無さ加減。(中村徳郎 25歳)『きけ わだつみのこえ 日本戦没学生の手記日本戦没学生記念会

戦争
 がんをもし絶滅することができたとしても、平均寿命を2年ないし3年延ばすことができる程度だといわれる。老年に死は必ずやってくる。その死亡原因の一つとしてがんを避けることはできない。(『がんというミステリー』宮田親平)

 おそらく、“非暴力の狂信者たち”との出合いの高揚した感情からであろう。彼は、驚くことに、安楽死を非暴力の原理にかなうと見なして、それを認める立場を取った。彼によれば、それは、身体が直面している苦しみから魂を救うことであった。(『ガンジーの実像ロベール・ドリエージュ今枝由郎訳)

ガンディー
 時間が早く進むことと、忙しくなるのは同義らしい。なぜ時間が早く進み、なぜ忙しくなったか。それは、すべてが予測されるようになったからである。
 今日一日、なにが起こるか、それがわからない。そういう日は長い。だからこそ、昭和20年8月15日は、「日本のいちばん長い日」だったのである。
(『カミとヒトの解剖学養老孟司

科学と宗教
 誰かが聞いたらびっくりするような奇声をあげながら頂上を目指す。声を出すたびに酸素がたくさん入ってくるような感じがしたからだ。もう体力は限界にきているのか、苦しさのあまり奇声をあげ、カメラ以外のものはどんどん置いていく。時間も気にならない。「単独」「新ルート」「アルパイン・スタイル」「8000メートル」、これらの言葉はもう僕の頭の中から消え、今までの厳しかった道のりも忘れ、チョモランマが見えるまでと言い聞かせながら本能だけで歩いている。自分が、もう自分でない。僕の後ろを歩いていたあいつも消えた。そして、稜線の先にわずかに尖った山が見えた。チョモランマに違いない。(『垂直の記憶山野井泰史
 劉備は、これまで考えられてきた君子とは違うタイプであり、かつて中国にいないような人だと、私は思っています。最大の非常識者であるがゆえ、あの時代の強大な孫権や曹操といった権力者に屈せず、生き延びていくことができた。それを観取したゆえに、諸葛孔明は、劉備の下につくことを選んだのかもしれません。(『三国志読本宮城谷昌光
 そのとき、リオンの言葉が頭に浮かんだ。彼の黄金率のひとつが、聞こえはじめた。「なぜまちがったかと考えるな。ただまちがいを正せばよい」(『警鐘リー・チャイルド:小林宏明訳)