「ふるさと」、つまり故郷とはどういう場所であろうか。私はごく簡単にこう考えている。そこは「呼べば応えるところ」だ、と。「呼べば応える」、たしかに、「ふるさと」では木の葉のざわめきも川のせせらぎもなにごとかを語っている。そこでは、村人たちが一つの共同体を構成し、互に依りあい助けあって生活しているだけではない。共同体の構成メンバーとしての村人とその周囲をとりかこむ自然とが呼応(こおう)し、融即(ゆうそく)しながら、きわめて濃密な風土的関連を保っているのである。いや、それだけではない。人と超自然(ちょうしぜん)とが互にその分を守りながら交感し、交流しあっている。「ふるさと」は自然と社会と精霊の世界とがそれぞれに対応し、呼応しあう生きた地域の単位なのである。(『カミの誕生 原始宗教岩田慶治
 そこに不思議の場所がある。
 眼を閉じておのれの内部を凝視すると、そこに淡い灰色の空間がひろがっているのを感ずるが、その空間の背後に、不思議な場所があるように思われるのである。不用意にそこに近づいてそれを見ようとすると、その場所は急ぎ足に遠ざかってしまう。しかし、おのれを忘れ、その場所の存在をも忘れていると、それが意外に近いところにやってきて何事かを告げる。そういう不思議の場所が、すべてのひとの魂の内部から、身体の境をこえて外部に、どこまでもひろがっているように思われるのである。
(『カミの人類学 不思議の場所をめぐって岩田慶治
「こころ」の緊張は必ず「からだ」に表れる。(中略)
 浅い呼吸、みぞおちの不快感、前かがみの姿勢、眉間(みけん)のしわ、のどの緊張、お腹の緊張など、心で感じたマイナスの想いは、まちがいなく体に伝えられ、各部にさまざまな緊張をつくり出します。
(『自律神経をととのえるリラクセーション綿本彰
 アメリカが「核戦略の一環として、日本に原発施設を許可した」のが、日本の原子力政策の実態です。日本の原発は「アメリカの核燃料置き場」として利用されてきたのです。だから、軍事的に必要があれば、「アメリカは日本の核(原発)をいつでも接収する」はずです。(『原発洗脳 アメリカに支配される日本の原子力苫米地英人
 日本社会の組織的特色は、組織とくに機能集団が運命共同体的性格を帯びることである。(『危機の構造 日本社会崩壊のモデル小室直樹
 つまり、私たちが日常使っている紙幣というかたちのおカネには、どうもそのまま持っていたのでは価値蓄蔵の手段として適切ではない、という深刻な欠陥があるようです。貨幣経済の歴史を振り返ると、紙幣には一般的に「伸びも縮みもせず」いつ使っても同じ尺度でありつづけるという大事な役割を果たせない傾向がはっきりと出ています。とくに、何らかの価値を保持しつづける資産との結びつきがいっさいなくなってしまった不換(ふかん)紙幣には、この傾向が顕著です。(『危機と金(ゴールド)』増田悦佐)
 公務員は失業保険に入っていない。したがって失業をしない。失業がないのが公務員の特権のひとつなのだ。逆に言えば、公務員は失業保険に入っていないから、解雇することがなかなかできない。鳩山氏が「局長以上の辞表提出」に躊躇(ちゅうちょ)したのも、ひょっとすると、このあたりの基本的事実を霞が関に突きつけられたのかもしれない。(『官愚の国 日本を不幸にする「霞が関」の正体高橋洋一