こうしてみると、私たちの顔は、まるで肛門から肛門括約筋(かつやくきん)が飛び出るのと同じように、エラの内蔵筋が口から飛び出した一種の「脱肛」(だっこう)現象といえる。そして、表情運動の本質こそ、まさに私たちの内蔵運動、すなわち「はらわたの動き」が、文字どおり「目・鼻をつけて」飛び出し、白日(はくじつ)のもとに曝(さら)されたものにほかならない、といえる。(『唯臓論』後藤仁敏)
 固定指示子について語る時、われわれは形式的様相言語にまぎれもなく存在する一つの可能性について語っているのである。論理的には、われわれは今の所、自然言語において通常「名前(name)」と呼ばれるものの地位に関するいかなるテーゼにもコミットしていない。(『名指しと必然性 様相の形而上学と心身問題』ソール・クリプキ:八木沢敬、野家啓一訳)

形而上学
「なんだってSFはわしに風邪をひかせることにしたんだ。理解できん」(SFは至上〈スプリーム〉のファシスト、天上にいるナンバーワンのやつ――エルデシュのメガネを隠したり、ハンガリーのパスポートを盗んだり、もっと悪いことに、ありとあらゆる興味深い数学の問題の明解な証明をひとり占めしていて、エルデシュをいつも苦しめる神のことだ)。
「SFは、わしらが苦しむのを見て楽しむために、わしらを創りたもうた。早世すれば、それだけ早くかれの計画を阻むことになる」とエルデシュは言ったものだった。(『放浪の天才数学者エルデシュポール・ホフマン:平石律子訳)

ポール・エルデシュ数学キリスト教
 危険はあります。子供たちの安全が脅かされ、私は子供たちと離れて暮らさなければなりませんでした。私自身、すでにマフィアに命を狙われています。危険なのはわかっています。それでも、後戻りすることはできません。希望はすぐそこにあるのですから。(『それでも私は腐敗と闘う』イングリッド・ベタンクール:永田千奈訳)
 共感覚者はある感覚と別の感覚を置きかえたり、混同したりしているのではないという点は、重要なので強調しておきたい。つまり、耳で何かが見えるというとき、彼らは音を光景と【とりちがえているのではない】。そうではなく、両方の感覚を同時に知覚するのである。(『脳のなかの万華鏡 「共感覚」のめくるめく世界リチャード・E・サイトウィックデイヴィッド・イーグルマン:山下篤子訳)
 ご想像のとおり、電磁エネルギー源は日に日に進化している。その出力において、パルス、波形、焦点の調整ができ、人体に照射すれば、こんなことが可能になっている。自発的な筋肉運動を阻止し、感情と行動を操作し、眠らせ、指示を送り、短期および長期の記憶を阻害し、一連の経験を作ったり消したりする。(アメリカ空軍科学諮問委員会『新世界展望:21世紀に向けた航空宇宙戦力』)『電子洗脳 あなたの脳も攻撃されている』ニック・ベギーチ:内田智穂子訳

洗脳
 大寺では、紀元前後から三蔵に対する註釈が作成されるなど、思想活動が続けられていたと考えられるが、5世紀初頭にブッダゴーサという学僧が登場し、これらの古資料を踏まえて、上座部大寺派の教学を体系化した。現存資料を見る限り、「上座部」や「大寺」の伝統を掲げて作品を著し、思想を体系化したのは、ブッダゴーサが初めてであって、彼以前に遡ることはできない。(『上座部仏教の思想形成 ブッダからブッダゴーサへ馬場紀寿

仏教