の価値観の筆頭は「卑怯を憎む」だった。が常に私の喧嘩を制止したのに比べ、父は喧嘩を教材として卑怯を教えた。
 私が妹をぶんなぐると、母は頭ごなしに私を叱りつけたが、父はしばらくしてから、「男が女をなぐるのは理由の如何(いかん)を問わず卑怯だ」とか「大きい者が小さい者をなぐるのは卑怯だ」などと諭した。兄と庭先で喧嘩となり、カッとなった私がそばの棒切れをつかんだ時は、「喧嘩で武器を手にするのは文句なしの卑怯だ」と静かに言った。卑怯とは、生きるに値しない、というほどの重さがあった。学校でのいじめを報告すると、「大勢で一人をやっつけるのはこの上ない卑怯だ」とか「弱い者がいじめられていたら身を挺してでも助けろ。見て見ぬふりをするのは卑怯だ」と言った。
 小学校5年生の時、市会議員の息子でガキ大将のKが、ささいなことで貧しい家庭のひ弱なTを殴った。直ちに私がKにおどりかかって引きずり倒した、と報告した時など、父は相好を崩して喜び、「よし、弱い者を救ったんだな」と私の頭を何度もなでてくれた。
(『祖国とは国語藤原正彦
 右脳が左脳にくらべて情緒的に不安定な傾向があることは、かなり前からよく知られている。左脳に卒中を起こした患者は、不安や抑うつにおちいったり、回復の見込みについて気をもむことが多い。これは左脳が損傷を受けたために右脳が優性になり、あらゆることに悩むようになったからだと思われる。この反対に右脳に損傷を受けた人は、自分の困った立場にまるで無頓着な傾向がある。左脳はあまり動揺しないのだ。(『脳のなかの幽霊V・S・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー:山下篤子訳)

脳科学脳血管障害
 第三に、国の会計のあり方の問題である。そもそもわが国政府は憲法違反を犯し、法律に反した財政運営を行っている。憲法第83条は「国の財政を処理する権限は国会の議決に基いて、これを行使しなければならない」と謳っている。
 しかし、国の一般会計予算から特別会計、特殊法人などへ年間約30兆円も投資されており、この財務については現実には国会の与(あずか)り知らぬところとなっている。特別会計における“公共事業”などの事業予算・箇所付けについても国会を素通りして決定されているのである。
(『日本が自滅する日 「官制経済体制」が国民のお金を食い尽くす!石井紘基
プロテスタンティズムの倫理」ことウェーバーの思想の源泉は、ルター、カルヴィン、バクスターなどの16、17世紀の宗教思想家たちの著作にあるが、彼はその解釈の中心に「天職」の概念を据えた。天職とは人生における基本的な務めであり、定められた努力をする選ばれた領域であり、そしてそれを決定したのは、ルターらによれば、神である。スラッカーたちに往々にして欠けているもの、私の息子に欠けていたと思えるものは、まさにこの天職なのだ。そしてスラッカーという概念と同じように、天職という概念も比較的最近の文化的発明である。ウェーバーが着目したように、それは、いにしえの時代やカトリックの神学には存在せず、宗教改革の産物なのである。
 天職という概念の新しさは、人間の生涯の仕事を「個人の道徳的活動がとりうる最高次の形態」に変えたところにある。
(『働かない 「怠けもの」と呼ばれた人たちトム・ルッツ:小澤英実、篠儀直子訳)

マックス・ウェーバー
 貨幣取引では、貨幣を受け取る側が何らかの社会的劣等感を経験する。お客様は神様で、上司は常に正しく、あなたは常に間違っている側にいる。自分の物品や労働力を売って生計を立てることには、隷属がついてまわる。(『ギャンブルトレーダー ポーカーで分かる相場と金融の心理学アーロン・ブラウン:櫻井祐子訳)
法律など蜘蛛の巣のようなものだ――弱者は搦(から)め取られるが、強者は引っかからない」(『メービウスの環ロバート・ラドラム:山本光伸訳)
 ここで注意したいのは、当然だが、死亡保険金を受け取るには必ず死体検案書(死亡診断書)が必要なことだ。この点からすると、たとえば富士山の青木ヶ原樹海などで人知れずこっそり死のうなどというのは、ロマンチックではあるが非常に独りよがりな自殺方法だといえるだろう。死体が見つからなければ、当然死体検案書は出ないし、死亡届も出せない。
 遺族は死亡保険金がもらえないばかりか、「行方不明者」とされたあなたの財産を売買したり名義変更することもできない。婚姻者がいれば、相手はそのままでは再婚できない状態になる。
 それが7年続けば、「失踪宣告」をしてやっと死亡したことにしてもらえるが、死亡保険金に関していえば、その7年間遺族は保険料を払い続けなければもらえない。平均年間保険料の61万円で換算すれば、61万円×7年=427万円が無駄になるのだ。
(『自殺のコスト雨宮処凛