だいたい、バブル紳士などと言われるようでは最初からなっていない。本当の投機家は、投機のジャングルに出かけるときには緑の保護色をまとい、そうでないときは普通の社会人としての保護色をまとっている。普段はベーシックな業務に精を出し、腹七分目でサッサとカジノを去っていく。そして何年間でも次の機会を待って読書三昧に夜を過ごし、バブル紳士の没落のプロセスなどを醒めた眼で観察しているものだ。(『投機学入門 不滅の相場常勝哲学山崎和邦
 日本人の描いた〈風〉なら、江戸時代の僧・良寛(りょうかん)が書いたこの〈〉が一番。
 筆尖(ひっせん)が紙に垂直に打ちこまれる第一画の起筆(きひつ)の確かさがいい。加えて、第二画の転折(てんせつ)以降の、世界にうちふるえる繊細さがまたいい。孤独の痛さに耐え切る強さと世界を慮(おもんぱか)る弱さの合体した姿が美しい。書は環境の芸術なのだ。外の風はまだ冷たい。風邪を引かれないように。
(『一日一書石川九楊
「わたし、この病気でよかった。たくさんの人たちのいたみを知って、たくさんの人たちに出あうことができたもの。骨肉種さん、ありがとう、っていいたいくらいよ。みんなが、こんなにわたしをね、思っていてくれる……。だから、わたし……、世界一、しあわせ。ねぇ、ママ、わかってくれる」(『いのちの作文 難病の少女からのメッセージ綾野まさる猿渡瞳
 この「社会」ということばは、societyなどの西欧語の翻訳語である。およそ明治10年代の頃以後盛んに使われるようになって、1世紀ほどの歴史を持っているわけである。
 しかし、かつてsocietyということばは、たいへん翻訳の難しいことばであった。それは、第一に、societyに相当することばが日本語になかったからなのである。相当することばがなかったということは、その背景に、societyに対応するような現実が日本になかった、ということである。
 やがて「社会」という訳語が造られ、定着した。しかしこのことは、「社会」-societyに対応するような現実が日本にも存在するようになった、ということではない。そしてこのような事情は、今日の私たちの「社会」とも無縁ではないのである。そこで、societyの翻訳がいかに困難であるか、そのことを実感していた時代をふり返る必要がある、と私は考える。
(『翻訳語成立事情柳父章
 不作為ですよ。今の日本外交の一番の問題は不作為なんです。余計なことを背負い込むのは嫌だと。だから私はまだ外務省の処分を受けていない。処分するには聴聞しないといけない。聴聞になった場合、マスコミに公開した形で行うということを代理人(弁護士)を通じて外務省に申し入れた。そこで私は今まで黙っていたことを話す。そう伝えたら外務省は処分について一切言ってこなくなりました。(『国家の自縛佐藤優
小林●ぼくら考えていると、だんだんわからなくなって来るようなことがありますね。現代人には考えることは、かならずわかることだと思っている傾向があるな。つまり考えることと計算することが同じになって来る傾向だな。計算というものはかならず答えがでる。だから考えれば答えは出(ママ)るのだ。答えが出なければ承知しない。(『小林秀雄全作品 25 人間の建設小林秀雄
 神仏や聖人でないわれわれでも、話すことよりも聞くことをよしとするのは同じです。その証拠にわれわれは「しゃべりすぎた」という反省はよくしますが、「聞きすぎた」反省はほとんどしません。
 これは情報の発信者と受信者の行動を考えるとわかりやすいでしょう。情報の発信者は、受信者の反応が返ってこないことには、相手が情報をどう思ったかわからないのです。受信者は、情報の受け取りも放棄も、自分の気持ちしだいです。情報がいらなければ捨てることさえできるのです。いらないダイレクトメールのように。その意味で発信者が情報をコントロールしているように見えますが、じつは本当にコントロールしているのは、受信者のほうだといえるでしょう。
(『プロカウンセラーの聞く技術東山紘久

カウンセリング