おのれの過去にかかわる自負や誇りにこだわっていたら、明日、というより生涯を貫く自負と誇りを失うことになる。(『彼らの誇りと勇気について 感情的ボクシング論佐瀬稔

ボクシング
 視点を高くすることを、カント以降の分析哲学では、抽象度を上げる、と言います。(『心の操縦術 真実のリーダーとマインドオペレーション苫米地英人
 一見逆説的なことに、すぐれた芸術作品には、どこか、人の心を傷つけるところがある。人は、芸術作品に接することで、積極的に傷つけられることを望むとさえ言えるのである。
 傷つけるといっても、もちろん、心ない言葉のように不快な形で傷つけるのではない。その瞬間に、何かが自分の奥深くまで入り込んで来たような気がする。ああ、やられたと思う。その時の感覚が何時(いつ)までも残り、脳の中で、何らかのプロセスが進行しているのが感じられる。その過程で、世界について、今まで気づかなかったことに気づかされる。優れた芸術は、そのような形で、私たちの心を傷つけるのである。
(『脳と仮想茂木健一郎
リグ・ヴェーダ』に含まれる10点近い宇宙創造に関する讃歌(紀元前10-9世紀の成立)のうち、「宇宙開闢(かいびゃく)の歌」(10・129)は次のようにうたう。

一、そのとき(宇宙始原のとき)無もなく、有もなかった。空界もなく、その上の天もなかった。(中略)深く測ることのできない水は存在していたのか。
二、その時、死も不死もなかった。夜と昼のしるしもなかった。かの唯一物は自力によって風なく呼吸していた。これより他の何も存在しなかった。
三、始原の時、暗黒は暗黒におおわれた、この一切はしるしのない水波だった。空虚におおわれて現れつつあるもの、かの唯一物は、熱の力によって生まれ出た。
四、最初にかの唯一物に意欲が現われた。これは思考の第一の種子だった。詩人たちは心に探し求めて、有の始原を無に見つけた。(以下略)

(『はじめてのインド哲学立川武蔵

哲学
 1841年にカナダのプリンスエドワード島東岸の町で生れたチャールズ・フランシス・コフランは、当代きってのシェークスピア劇の名優だった。
 1899年11月27日、コフランはアメリカ南西部にあるテキサス州の港町ガルベストンでの公演中に、突然の病に倒れてまもなく亡くなった。遺体は、遠く離れた故郷に送るのは無理だったので、鉛で縁取った棺に入れられ、町の共同墓地にある石造りの地下納骨所に埋葬された。
 およそ1年後の1900年9月8日、大きなハリケーンがガルベストンを襲った。大波が墓地に激しくたたきつけ、納骨所はめちゃめちゃに壊れた。コフランの棺は波にさらわれてしまった。
 棺はメキシコ湾に流され、そこからフロリダ沿岸を漂流して大西洋に達し、メキシコ湾流に乗って北に運ばれた。
 1908年10月、プリンスエドワード島の漁師たちが、風雨に打たれてひどく傷んだ長い箱が浅瀬に浮かんでいるのを見つけた。9年の歳月を経て、チャールズ・コフランの遺体は5600キロも離れた町から故郷に帰ってきたのである。棺は島の人びとの手で、彼が洗礼を受けた教会の墓地にあらためて埋葬された。
(『本当にあった嘘のような話マーティン・プリマー、ブライアン・キング:有沢善樹訳)
「恨晴らし(ハンブリ)」
 という言葉が韓国語にはあるが、それだ。「恨(ハン)」を持った者には、「恨晴らし(ハンブリ)をするまで「恨(ハン)」が宿る。そして多くの場合、「恨」は内に沈殿してその者の生活すべてに負に作用する。「恨」を昇華させなければならない。
(『無境界の人森巣博
 私流に言い替えれば、公共圏・共同性を欠いた悪しき意味での「私化」が進行しているのである。公共圏・共同性が求められているのは確かだと思う。しかし、現在の「私化」は、旧来の公共圏・共同性が若い世代に通用しなくなったことを背景として生じているのであり、いま求められているのは新たな公共圏・共同性ではないだろうか。それなのに石原(慎太郎)は、忠臣蔵物語を持ち出すことによって、若い世代にはもはや通用しなくなった「滅私奉公」の世界を復活させようとしているのである。
 公共圏・共同性のモデルとして、忠臣蔵という近代日本の覇権的男性性を持ち出すことは、ポストモダン状況においてはアナクロニズム以外の何ものでもない。
(『男らしさという病? ポップ・カルチャーの新・男性学熊田一雄