2世紀に作られたいくつかのパピルス文書の断片は別にして、手書きの福音書として、最も早いものでも4世紀になってからである。4世紀半ばに標準化されるまで、福音書テキストは流動状態にあり、神学上の理由、またその他の理由から、写本作成者による改変を免れることはできなかった。その結果、福音書がどの程度原形を伝えているか、またどの程度編集され、変更を加えられ、浄書の際にどんな誤りが生じたかについて、私たちには一切語る手段がなくなった。あるいはまた別に、たとえばグノーシス派のような、いわゆる異端を抑えようとして初期教会が苦しんだとき、正統を整える必要に合わせて改変があったか、なかったかも問題になるだろう。(『イエスの失われた十七年エリザベス・クレア・プロフェット:下野博訳)

キリスト教堀堅士
 1970年当時、この領域の研究(左右の脳の違い)ははじまったばかりだった。制御できない発作を起こすてんかん患者に、左右の脳をつなぐ部分(脳梁)を切断する手術が数多く実施され、その結果として研究が進んだのである。(『共感覚者の驚くべき日常 形を味わう人、色を聴く人リチャード・E・サイトウィック:山下篤子訳)

脳科学共感覚
 ――監督は目も覆いたくなるような悲惨な隣人殺しの戦争を、艱難辛苦を乗り越えた。試合中に何が起こっても動じない精神、あるいは外国での指導に必要な他文化に対する許容力の高さをそこで改めて得られたのではないか。
「確かにそういう所から影響を受けたかもしれないが……。ただ、言葉にする時は影響は受けていないと言ったほうがいいだろう」
 オシムは静かな口調で否定する。
「そういうものから学べたとするのなら、それが必要なものになってしまう。そういう戦争が……」
(『オシムの言葉木村元彦

イビチャ・オシム
 日本の歴史を少しかじったものとして私は知っていた。日本において、多く勝者は自らの手で葬った死者を、同じ手でうやうやしく神とまつり、その葬られた前代の支配者の霊の鎮魂こそ、次の時代の支配者の大きな政治的、宗教的課題であることを。私はここに日本の神まつりのもっとも根本的な意味があると思っていた。(『隠された十字架 法隆寺論梅原猛
 日本の知的営みは、時の権力者の意向によって、指導・監査あるいは禁止されたりしてきた。日本の司法に対する概念や社会における法律の地位・扱いは、統治者の都合のよいように変えられ、彼ら自身の振る舞いや統治方法に決定的な影響を与えることはなかった。したがって、集団生活、会社・集団への忠誠、協調的な傾向、個人主義の欠如、なきに等しい訴訟闘争など、日本の社会や文化の典型的な側面とされている事柄は、究極的には、政治的方策に起因するものであり、政治的な目的のために維持されているのである。
“多元的国家論”のモデルとなった国ぐにの権力者と異なり、日本の権力保持者は組織的に権力を行使する。その方法と目的を、有権者は究極的になんら制御(コントロール)できないのである。
(『日本/権力構造の謎カレル・ヴァン・ウォルフレン
 ニセモノと言われればたしかにその通りだが、ニセモノの素敵なところは、本物の化けの皮をはぐ効果を持っているところだ。(『かくかく私価時価 無資本主義商品論 1997‐2003小田嶋隆
 なぜなら、途方もなく巨大な建築物は崩壊の影をすでにして地に投げかけ、廃墟としての後のありさまをもともと構想のうちに宿している、そのことを私たちは本能的に知っているのですから。(『アウステルリッツW・G・ゼーバルト:鈴木仁子訳)