そぼ降る雨の中、彼は卒業式を高みの見物に出かけた。濡れた灰色の講堂から流れ出てきた真新しいスーツ姿の友人たちの前で、彼はからからと笑い、次のごとく嘯(うそぶ)いた。
「俺には自分が名を成すことがありありと分かっている。むざむざ社会の歯車となってくだらん仕事に命を削るよりも、俺は自分の才能にふさわしい名誉を得て、斎藤秀太郎の名を死後百年に遺す。4年は何事も為さぬにはあまりにも長いが、何事かを為すにはあまりにも短い。さらばだ、凡人諸君」
 仲間たちは苦笑した。そして、「社会の歯車」になるために彼のもとを去っていった。
(『新釈 走れメロス 他四篇』森見登美彦)