アダンの林が途切れ、白い道は松の防風林に入った。おれはとうとうそこで立ち止まった。しゃがみこんで、深いワークブーツの紐(ひも)を解き、最初から通した。足首をすっかり覆う一番上の穴まで靴紐を通し、きつく締めて足首を固定しようとしていた。もう歩くだけではどうにもならなかった。靴紐を結びながら、不意に耳元まで「戦いたい」という思いがこみあげ、紐を握った指が震えた。革ジャケットのファスナーも喉元まで上げた。歩は次第に早まり、奥歯に力がこもった。久しぶりに顔の筋肉がこわばっていく緊張を覚え、首の付け根のあたりから鳥肌が沸き立つのを感じた。おれの足が走り出そうとしていた。
「走るな」そう声にして自分へ言った。一度走り出してしまえば、どこへその道が通じているのかはわかりきっていた。ただつらいばかりで、報われることの少ないあの道へ、また戻るハメになる。古い血のシミが斑点(はんてん)の模様を創ったキャンバスと、逃げ場をさえぎるロープと、それ以外に何もない、ただ殺風景なあの場所へ戻ることになる。
(『汝ふたたび故郷へ帰れず飯嶋和一

ボクシング
 テクニカル分析の前提は三つある。
A 市場の動きはすべてを織り込む。
B 価格の動きはトレンドを形成する。
C 歴史は繰り返す。
(『先物市場のテクニカル分析ジョン・J・マーフィー
 知識の量を自慢したり、上等のことを知っているというので得意になっている人がいるが、そういう人を、人として上等だとは思っていない。
 たとえば大学の試験など、教科書、参考書、辞書を持ち込んでもいい。高度な学問のためには大量の知識を必要とするが、本来はそのような本を見ればすむことなのだ。社会に出たら文献はもちろん、他人の頭まで使ってよいのだ。
(『独創は闘いにあり西澤潤一
 十全に開発された性衝動と精神性は自己陶酔はしないのであり、情動のエネルギーと生命エネルギーが全身に伝導するのを必要条件としてこそ、開発された性衝動と言える。関係構築、意思疎通、相互関与。それだけが、自己陶酔的で小賢しい操作をする性の手管を治す治療法になる。だから、恋人たちが全身の伝導を経験したいと思っているのなら、性器の液体を交換するだけでなく、内密にしている孤独な術策、性的傾向、習慣を互いにあらいざらいさらけ出さなければならない。二人はタブーというタブーを捨てて、互いの目の前で最も内密な想像を表に出しきることが必要だ。それこそが密着の始まりである。というのも、現にもっている傾向をあらいざらい互いに教え合って、その内容のことで相手を貶めたり非難したりせずに、くつろいだ行為、思いやり、相手への検分に時間を費やすなら、充実した感情が湧き上がってきて、それまで自己閉塞と自己逃避に閉じこめられていたエネルギーが循環できることになるからである。二人がすべてをさらけ出し続けるなら、分離の感覚を解消する手段としての通常のオルガスムは、いよいよその必要がなくなる。全身に拡散した長時間にわたる生命力の伝導、深い思いやり、相互の密着が生じて、オルガスムの代用になるわけだ。(『エロスと精気(エネルギー) 性愛術指南ジェイムズ・M・パウエル:浅野敏夫訳)

性愛術
 蜂には紫外線が見えるそうです。彼らは花の蜜を嗅ぎ当てるのではなく、見つけるそうです。花の外から蜜の色が見えるというのです。蜂に見えている世界は私たちが見ている世界とは違うでしょう。可視光線、可聴音域を超える生物には同じ世界が違って見え、聞こえるのです。
 私たちは自分の目で見たものは、そのものの真実の姿だと思ってしまいます。
 しかし対象物は、液体である水が固体(氷)や気体(水蒸気)にもなるように、その時々の条件や私たちの識別能力によって、さまざまに姿を変えています。同じ物を同時に見るときでさえ、その人の視力などの能力や立場、潜在意識、固定観念、先入観、嗜好などによって見えるものが違ってきます。人はそれぞれに見ているもの、見えているものが違うのです。対象物には私たちが考えるような「たった一つの真実の姿」などはなく、あなたや私の目にどう映っているかだけなのです。
(『実践 生き残りのディーリング 変わりゆく市場に適応するための100のアプローチ矢口新

為替
 肉体が活動を停止すると、たまった体液が放出される。死体を扱うのに最適なのは体液がしみ出る前だ。死後硬直が始まると、死体は膨張して大きな黒い水泡になり(ルイジアナの情け容赦ない暑さではそのスピードが速い)、しまいに皮膚がはじける。そのときの匂いは、味になる。わたしは死の味が舌や喉や肺をびっしり覆ってしまうとは知らなかった。煙草を吸ってもだめだった。コーヒーや、思いつく中でもっとも刺激の強いアルコール、ストレートのジンですすいでもだめだった。死体に触れたあと何日間も死を味わわされた。(『あなたに不利な証拠としてローリー・リン・ドラモンド:駒月雅子訳)