マリー・キュリーはその後も専門分野で際立った功績をあげ、1914年には名高いパリ大学ラジウム研究所の設立に尽力している。ノーベル賞を二度受賞していながら、科学アカデミー会員に選ばれることはなかった。その大きな要因は、ピエールの死後、妻のいる物理学者を相手に、フランス人の尺度からしても過剰に不謹慎な不倫関係を持ったことだ。少なくともアカデミーを運営しているご老体たちの神経を逆撫でしたことは確かで、それは致命的だった。(『人類が知っていることすべての短い歴史ビル・ブライソン楡井浩一訳)
 ニューヨーク市の二人の心理学者――コロンビア大学のビブ・ラターンとニューヨーク大学のジョン・ダーリー――は、「傍観者問題」と称するテーマで一連の研究を発表した。その研究のなかで、彼らは一種類もしくは二種類の危機的場面を様々な状況で設定し、誰が救出にやってくるかを観察している。その結果、救出行動の予兆となるもっとも大きな要素は、なんと、その事件にどれだけ目撃者がいるかにかかわっていることが判明したのだ。
 たとえばある実験で、ラターンとダーリーは、癲癇(てんかん)の発作を学生に演じさせる。隣の部屋でその発作の様子を一人で聞いている場合には、85%の確率で学生の救出に向かう。だが、被験者がこの発作を聞いているのが自分のほかに4人いるということを知っている場合には、31%しか学生を救出しようとしないのだ。
 もう一つの実験ではドアの隙間(すきま)から煙が忍び込んでくるのを目撃させる。部屋に一人でいる場合には75%がそれを通報するが、グループでいる場合には38%しか通報しない。
 つまり、集団でいると責任感が薄れるのである。彼らは誰かが助けを呼ぶだろうと考える。あるいは、誰も行動を起こしていないのだから、一見すると問題が起こっているようだが――この場合、癲癇の発作のような声であり、ドアから忍び込んでくる煙――、実際はたいした問題ではないのだろうと考える。
 キティ・ジェノヴィーズ(1964年にニューヨークで女性が刺殺された事件。38人もの人々が目撃しながら、誰一人警察に通報しなかった)の場合、ラターンやダーリーのような社会心理学者によれば、教訓は38人もの人が悲鳴を聞いていたにもかかわらず通報しなかったということにあるのではなく、38人もの人が聞いていたからこそ、誰も通報しなかったことにあるという。皮肉なことだが、彼女がたった一人しか目撃者のいないうら寂れた通りで襲われていれば、助かっていたかもしれない。
(『急に売れ始めるにはワケがある ネットワーク理論が明らかにする口コミの法則マルコム・グラッドウェル:高橋啓訳)

ネットワーク科学
 日本憲法には「納税は国民の義務」という条文がありまして、例によってお上に従うのが大好きな日本人は、これをありがたく遵守しています。一方、アメリカ合衆国憲法には「議会は税を課し徴収することができる」としかありません。
 欧米諸国において憲法とは、国民の権利と国家の義務を規定したものなのです。日本はまるっきり逆。国民に納税しろと命じるずうずうしい憲法は世界的に見てもまれな例です。
 スペインの憲法には「納税の義務」が記されていますが、税は平等であるべしとか、財産を没収するようなものであってはならぬなど、国家に対する義務も併記されています。日本では納税しないと憲法違反となじられますが、役人が税金を湯水のごとくムダ遣いしても憲法違反にはならず、はなはだ不公平です。
 一方的に国民に納税を要求する取り立て屋のような憲法があるのは、日本・韓国・中国くらいものですから、こんな恥ずかしい憲法はもう、即刻改正しなければいけません。
(『反社会学講座パオロ・マッツァリーノ
 ここまで見てきたように、ピーターの本末転倒人間(またの名を職業的機械人間)には、自主的に判断を下す能力がありません。常に組織のルールや上司の指示に従うだけで、決断はしません。これが階層社会では有能と判断されます。したがって、本末転倒人間は昇進の対象になるのです。彼は昇進を続けることでしょう。ただし、不幸な昇進によって、自分で決定を下さなくてはならなくなったときが年貢の納めどきです。そこで彼は無能レベルに到達することになるわけです。
 つまり、職業的機械人間もピーターの法則の例外ではないということになります。
 私は学生たちに、常々こう言っています。
「有能か無能かは、見る人次第で変わる。善悪の観念もそうだし、美意識だってそう。ついでに言えばコンタクトレンズもそうだ。どれもこれも見る人の眼のなかにあるんだから!」
(『ピーターの法則 創造的無能のすすめローレンス・J・ピーター、レイモンド・ハル:渡辺伸也訳)

【の法則】
 アリストテレスの自然観は間違っていたが、影響力が大きく、1000年以上もの間、よほど現実的な見方も含め、それと対立する見方をすべて脇に押しやっていた。西洋世界がアリストテレス自然学を――アリストテレスによるゼノンの無限の排除とともに――打ち捨てるまで、科学が進歩することはなかった。
 ゼノンは、知性にあふれていたにもかかわらず、深刻な問題に突き当たった。紀元前435年頃、エレアの圧政者ネアルコスを打ち倒そうと謀り、この大義のために武器を密輸していた。ところが、不運なことに、ネアルコスに陰謀を知られ、逮捕された。ネアルコスは、共謀者を知ろうと、ゼノンを拷問にかけた。まもなく、ゼノンは拷問者たちにやめてくれと頼み、共謀者たちの名前を言うと約束した。ネアルコスが近づくと、ゼノンは、名前は秘密にしておくのがいちばんだから、もっと近寄ってほしいと言った。ネアルコスは体を傾け、顔をゼノンのほうに寄せた。すると突然、ゼノンはネアルコスの耳に噛みついた。ネアルコスは悲鳴を上げたが、ゼノンは噛みついたまま放さなかった。拷問者たちは、ゼノンを叩き殺してやっと引き離すことができた。こうして無限なるものの大家は死んだのだ。
 やがて、古代ギリシアに無限なるものに関してゼノンを凌(しの)ぐ者が現れた。シラクサの変わった数学者アルキメデスだ。無限なるものを垣間見た、ただ一人の思想家だった。
(『異端の数ゼロ 数学・物理学が恐れるもっとも危険な概念チャールズ・サイフェ:林大訳)
 すぐにベルリンへ向かった。寛大な老師は、自分をないがしろにしていた弟子に、惜しみない激励を与えた。ソーニャ(※ソフィア・コワレフスカヤ)の数学へのすさまじい打ち込みが始まった。モスクワへいったん移ってから、今度は娘を連れて再びベルリンへ向かった。夫との仲はすでに冷え切っていた。透明媒体中の光の伝播について研究を始めると同時に、娘をモスクワの友人に預ける。パリとベルリンを往復しながら、師の紹介で知ることとなったフランスの巨匠達、パンカレやエルミートをはじめ、多くの研究仲間と交わる。彼等は一様に、ソーニャの深い知識や鋭い知性、それに加えて「会話のミケランジェロ」とも称された類い稀な話術に魅了されたのだった。
 パリで、学生の身分に不満を覚えながらも、光の屈折に関する数学的研究を順調に進ませていた時、夫コワレフスキーの自殺を知らされた。彼女は衝撃で5日間、意識不明に陥っていたが、6日目に目を覚ますと、ベッドの上で数学公式を書き始めたという。
(『天才の栄光と挫折 数学者列伝藤原正彦

数学
 なぜ都市で、とくに時間が早くなるのか。もちろん、ハイテク化が進んで行くからである。それでは、ハイテク化とはなにか。コンピュータに代表されるように、それはまず第一に、情報化である。なぜ都市は、とくに大都市は、極端に情報化するのか。
 都市とはもともと、そのために生じたものなのである。都市には、予測不能なもの、ゆえに統御不能なものは、存在してはならない。それどころか、不測かつ統御不能という性質を持つものを排除した空間、そうしたものとして、そもそも都市が成立したのである。あたりまえのことだが、すべての予測は情報の上に成り立つ。一極集中がどこまでも進むことも、情報に関係している。入手が遅れた情報は、その価値を失う。それは、だれでも気づいていることであろう。
(『カミとヒトの解剖学養老孟司

科学と宗教