海を見よ。海岸の法則によってさえぎられている。どんな木であろうと見るがよい。いかに大地の内側から生気を与えられていることか。大洋を見よ。定期的な潮によって満ちたり引いたりしている。泉を見よ。絶えることのない水脈によって安定している。川に注目してみよ。常に活発な流れで動いている。では、山々のきっちりした配置、丘のうねり、平野の広がりについてどう言うべきか。動物たちが互いに対して身を守るためのさまざまな防具の一つ一つについてはどう言おうか。あるものは角で武装し、あるものは歯で身を守り、あるものは蹄の上に立つ。あるいは刺を持ち、あるいは足の速さや翼で飛んで逃げ出す。しかし何よりも、まさに我々人間の形の美しさが制作者である神をあかししている。まっすぐな姿勢、立った顔、目は見張台の上みたいに身体の最上部に位置し、他の器官もすべて砦の中のようにうまく配置されている。(『オクタヴィウス』ミヌキウス・フェリクス)『キリスト教思想への招待』田川建三

キリスト教
 時代錯誤とは、字義どおりには時代を錯誤することである。だが、時代が錯誤していることだっておおいにありうるのである。(『貨幣論岩井克人
 このようなときでも、子どもから接触を求めてくる場合には、やはりなるべく受け入れてあげることは必要だ。ただ、親がそれを多少不快に感じ始めるというのは、順調に子離れが進んでいるからこそでもある。
 不快に感じるのに無理に触れるのはよくない。不快なのに無理やり触れようとすると、必ず触れ方に影響が現われる。たとえば、手のひら全体で降れずに指の腹だけで触れるようになる。すると触れられた子どもは敏感にそれを察知する。そして触れてもらっているのに心地よくない、という矛盾を感じるようになる。
 これは「ダブル・バインド」とよばれ、子どもの心を二つの異なるメッセージで板ばさみにしてしまうことになる。「愛している」というメッセージと「でも触れたくない」という二つのメッセージの矛盾に気づいた子どもは、どちらを信じたらよいのか分からず混乱してしまうのだ。
(『子供の「脳」は肌にある』山口創)

育児児童心理
 革ジャンにバイクの君を騎士として
 迎えるために夕焼けろ空
(『サラダ記念日俵万智

詩歌
 脳梗塞のリハビリは、そういう機能障害のためにあるらしい。単にもともとあった機能を回復するのではない。もっと創造的な治療だと気づいて、一生懸命リハビリに精を出しました。
 そうして、杖をついてやっと一歩歩くことに成功しました。発作を起こしてから半年あまりで初めて歩いた一歩です。歩くということがこんなに感動的なこととは知りませんでした。それは新しい体験でした。
 一歩歩けば二歩、二歩あるけば三歩、というように、それから2ヶ月かかって50メートルも歩けるようになったのです。もちろん杖をついて、「ゴリウォーグのケークウォーク」(※ドビュッシー作曲のクラシックピアノ曲。「子供の領分」の第6曲)よろしく、よたよた躓(つまず)きながら歩くだけです。車椅子でも大概のことはできるのですが、自分の足で歩きたい。倒れれば骨折の危険もあるのですから毎日薄氷を踏む思いです。歩くことは命懸けの行動なのです。それでも歩きたい。なぜなのでしょうか。
 私はこう考えます。歩くということは、人間の人間たる所以の行動だからではないでしょうか。つまり、歩くということは、移動することのほかに特別の意味を持っているのです。だから、初めて一歩歩いたとき、人間を回復したような例えようのない喜びを感じたのです。人類は直立歩行を始めてから、歩かないではいられない。歩くことが、こんなに感動的な行動とは知らなかった。一歩踏み出したことが生きる意味を変えてしまったのです。
 柳澤さんのお孫さんが驚きの声を発したのは、そこに昨日までの柳澤さんとは違った人間を見たからではないかと思います。誤解を恐れないでいえば、直立歩行ができたときの驚きでしょう。
(『露の身ながら 往復書簡 いのちへの対話多田富雄柳澤桂子

 病気脳血管障害
 私は先生のご闘病記の中の次のくだりが大好きです。直径175センチもあるかと思われる夕日が日本海に沈んで、一本の金の線となって海にかくれるところを先生が見ておいでになったときです。
「その時突然思いついたことがあった。それは、電撃のように私を襲った。なにかが私の中でぴくりと動いたようだった。(中略)
 もし機能が回復するとしたら、単なる回復ではない。それは新に獲得するものだ。新しい声は前の私の声ではあるまい。新に一歩が踏み出されるなら、それは失われた私の脚を借りて何ものかが歩き始めるのだ。もし万が一、私の右手が動いて何ものかを掴んだならば、それは私では新しい人間が掴んだはずなのだ。(中略)
 新しいものよ、早く目覚めてくれ。それはいまは弱々しく鈍重だが、無限の可能性を秘めて私のなかに胎動しているように思われた。私には彼が縛られ、痛め付けられた巨人のように思われた」
 これは、経験のないものにはいい得ないことですし、そのように感じられる先生の感性が健在であることを物語っています。そして、その陰に、神経科学が先生のご思考を支えているのです。その結果、このようなユニークな感覚が描かれたのだと思います。
 私も長い間寝たきりになったあと、起きあがって歩くのはとてもたいへんでした。はじめに、リハビリの先生をお願いしないで、勝手に動いてしまったので、すっかり腰を痛めてしまったのです。最初の一歩は1998年12月2日に踏み出しました。リハビリの先生の手につかまって立った私から、先生はすっと手を引いてしまわれました。そして、そこには、一人で立っている私がいました。やはり感激しましたが、涙は出ませんでした。と申しますのは、そこへちょうど3歳になる孫が入ってきて、これ以上開けないほど目を見開いて、
「ママ、たいへん! おばあちゃんが大人のように立ったよ!」
といったのです。感激は大笑いになってしまいました。(柳澤桂子)
露の身ながら 往復書簡 いのちへの対話多田富雄柳澤桂子

 病気