なにかを学ぶとは、結局は人間がしあわせになるために学ぶのです。その人自身がこの世の中でせいいっぱい、いまの自分を生きるために学ぶのです。ですから、学ぶことは、そのまま自分を生きることでもあります。みなさんのなかには、たとえば、いま学校の勉強がおもしろくないとか、いまの学校はどうも自分の生き方にあわないとか、あの先生はなんとしても好きになれないとか感じて登校を拒否したり、先生からのはたらきかけを拒否したりしている人がいるかもしれません。いまの学校の体質からすれば、そうする人がいることはけっして不思議なことではありません。しかし、そこでぜひ考えてほしいのは、相手を否定したら、それでは自分に責任をもった生き方を自分はどう選択し、創りだすか、ということです。学校を拒否し、教師を拒否し、親を拒否して、相手を否定したけれども、それと同時に、自分をもだめにしてしまったら、なんの意味もないわけです。
 自分自身に責任を持つというのは、では、自分自身の生き方をどうするかを考えて、自分自身の道を選択することです。そのために学ぶということであります。
(『自由の森学園 その出発』遠藤豊)

教育
 ヨランド・ムカガサナが『知ることを恐れてはならない』の中で明らかにしたフランス・ルワンダ関連の年代記を読むと、ジャン・クリストフ・ミッテランの果たした役割に気がつく。ジャン・クリストフはミッテラン元フランス大統領の息子で、「パパマディ」というあだ名がついている(訳注:Papamadi=Papa m'a dit「パパが言ってたよ」の意)。彼は1983年にはすでに歴史の流れに、つまり、フツ族の利益に沿った流れに影響を与えていた。ルワンダの、やはり大統領の息子であり、無二の親友であったジャン・ピエール・ハビャリマナと密接な関係にあったからだ。そして、1990年6月にはフランソワ・ミッテランがラボールにて「アフリカ諸国の民主化、ことにルワンダの民主化」を呼びかける宣言を発表したにもかかわらず、フランスは同年10月5日、当時の政権を支持する作戦を計画した。
「これがやがてノロワ・オペレーションとなる。このオペレーションの目的は、ルワンダ軍を支持して、ツチ族が帰国できないようにすることだった。武器がルワンダに渡り、フランス兵はルワンダ兵を訓練した。このルワンダ兵が1994年のジェノサイドを引き受けることになる。フランスは公式には1993年にルワンダから引き上げる。しかし、武器の調達はそのまま継続され、フランス兵は民間人としてルワンダに残った」
(『山刀で切り裂かれて ルワンダ大虐殺で地獄を見た少女の告白』アニック・カイテジ:浅田仁子訳)
 私たちにこれから最も要求されるのは、自分自身の判断力(多様な人生を生き抜く選択の知恵である)と考える力だと思う。原理とか、原則とかに盲目的に固執していては、多様性と、変動に対処していけないのである。変動と多様化に対処するための教科書は存在しない。自分自身で素心になり深く考え、その結果、最も賢明な選択をすることだけが、残された唯一の方法だと私は思うのだ。(中略)私は、いい時代だと思っている。変動し、多様化する時代こそは、個人が自己の可能性を発揮しやすい時代だからだ。(『生きること 学ぶこと』広中平祐)
佐藤●ストーリーを思い出してください。飛雄馬は「思い込んだら試練の道を」行きますよね。その行路には内省の契機を見出せません。そしてその道を進めば進むほど、親友であるはずの伴宙太との関係もメチャクチャになるし、飛雄馬をとりまく人々の恋愛はうまくいかなくなります。最後は彼自身も廃人になる。本人は「主観的には」いいことをやっていると思い、正義の実現に走っていても「客観的には」周囲の関係性は壊れ、破滅してしまう。ですから、私はウサマ・ビンラディン的な「星飛雄馬」とイエス的な「ねずみ男」どっちの生き方を選ぶかと聞かれたら、ためらうことなく、ずるい「ねずみ男」を選びますね。(『ナショナリズムという迷宮 ラスプーチンかく語りき佐藤優、魚住昭)
 また、バビロニア人が六十進法における位取り記数法を心得ていて、零にあたる記号をも、ある程度まで、用いていたことは、紀元前2世紀ごろ彼らによってつくられた満月の表から知られるのであるが、この記号は単に空位をあらわす純然たる記号だけにとどまって、計算には一切用いられることがなかった。のみならず、バビロニアのこの記数法は後代に伝えられて一般に普及されるということもなかったのである。(『零の発見 数学の生い立ち』吉田洋一)
 スティグリッツ氏自身の経験によれば、エチオピアで初の民主的選挙で大統領が選ばれた際、世界銀行とIMFは新大統領と経済政策について協議した。その時、世界銀行とIMFは「海外からの援助金をアメリカ財務省の特別口座に預け入れるように」と命令したという。そうすれば4%の利息が支払われるとの提案だった。
 しかし、エチオピアがアメリカの民間の金融機関から援助の一環として受けることになったドル融資には、12%の金利が付けられていたのである。世界銀行とIMFの言うことを聞けば、差し引き8%の金利となり、エチオピアの財政は新政権の発足から大赤字になることは明々白々であった。
 当然のことながら、エチオピアの大統領は「国民の生活を改善するために融資を使いたいのでアメリカの財務省に預けることは勘弁してほしい」と懇願した。しかし、その願いは受け入れられず、アメリカの銀行から融資されたドルはそのままワシントンの財務省の口座に移し換えられたのである。
 これが事実とすれば、「世界銀行IMFはアメリカ帝国主義の手先だ」とするデモ隊の批判も一理あるといえよう。ちなみに、この衝撃的な内部告発をしたスティグリッツ氏は2001年のノーベル経済学賞の受賞者であり、決して根拠のない問題提起をしているとは思えない。
(『通貨バトルロワイアル』浜田和幸)
 野生チンパンジーに対する先入観は、さらにくつがえされる(1970年代、日本人研究者によって)。それまでチンパンジーは、平和的な生きものだと思われており、一部の人類学者はそれを引きあいに出して、人間の攻撃性は後天的なものだと主張していた。だが、現実を無視できなくなるときがやってくる。まず、チンパンジーが小さいサルを捕まえて頭をかち割り、生きたまま食べる例が報告された。チンパンジーは肉食動物だったのだ。(『あなたのなかのサル 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源フランス・ドゥ・ヴァール