共産主義の国家では頭のいい人間は権力者の脅威になるので見つけてはいろいろと難癖をつけて、みんなの前で銃殺するのがお決まりのパターンですが、資本主義の国家では逆に頭が悪いということは大変重い罪で、その罪を償うためにこのようなさまざまな「税金」を払う必要があります。

 ギャンブルは「国家が愚か者に課した税金」といわれる所以です。

(『なぜ投資のプロはサルに負けるのか? あるいは、お金持ちになれるたったひとつのクールなやり方藤沢数希
 ところが50年やっても、80年やっても何一つくれない。ボーナスはなし、恩給はなし、とりとめのない商売だ。だからこの商売に入って、銭の愚痴をこぼすのは、そもそも間違いで、昔は俳諧のあとに小ばなしをしたのが落語のはじめなので、お茶だの、お菓子だのをお客様に出して、只で聞かせていた。お金を儲けるといった了見でこの商売をやっていたのでは、おかしみがなくなってくる。落語に出てくるのは、どこか間抜けの人間でお客は、頭を休めようと聞きにくる。(『志ん生芸談』古今亭志ん生)
 マーケットに対して100パーセント正しいことのできる人はいない。ここは自分をボクサーだと思ってほしい。損切りポイントで自衛しておけば小さなジャブは耐えられるが、ノックアウトされそうな強力なパンチは避けなければならない。そして生き残った人だけが熟練したトレーダーになれる。(『ロジカルトレーダー オープンレンジブレイクアウト戦略の基本と応用』マーク・B・フィッシャー)
 病院の1階のロビーにテレビが置いてあって、次女のダーナが、ラウンドが終わるたびに2階へあがってきて試合の様子を教えてくれた。そして11ラウンドが終わった頃、エディの意識が戻りはじめ、最終12ラウンドの頃にははっきりと戻っていた。井岡のKO勝ちを告げるダーナに、エディははっきりと、うん、うん、とうなずいたのだ。それに、なぜ、この日だったのだろう、井岡の試合が終わるまでは死ねないという執念が、この世の訣れの日をも動かしたのだろうか。(『遠いリング』後藤正治)
 良心の自由を叫んだことで知られる宗教団体が、個人の良心の声を抑えるために極めて厳しい制裁措置を取る。この現代において実におかしなことであると思う。(『良心の危機 「エホバの証人」組織中枢での葛藤』レイモンド・フランズ)
「古墳には稲荷の眷属(けんぞく)の狐が棲(す)んでいたからよ。狐には古墳だの墓地の穴だのに潜りこんで暮らす習性がある。その穴から出たり入ったりする狐は、古墳や墓に鎮(しず)まる死霊(しりょう)や祖霊(それい)の化身(けしん)と考えられていたんだ」(『真言立川流 謎の邪教と鬼神ダキニ崇拝』藤巻一保)
勇気〉という概念のなかには、神学的、社会学的、哲学的内容が一つに結び合わされている。これほどまでに人間状況を理解するための鍵として適切な概念は、あまりない。勇気というのは、まず第一に、倫理的概念ではあるけれども、それは人間実存の全領域にかかわるものであり、また、その根は、存在自体の階層にまで到達している。それを倫理的に理解するためにも、それは存在論的に考察されねばならない。(『生きる勇気』パウル・ティリッヒ)