作家──もちろんこの言葉は、たんに本を出す人という意味ではなく、文学という事業に取り組んでいる人を指して使っている──は活動家ではない。活動家であってはならない。解決を追求すること、そのため必然的にものごとを単純化することは、活動家の仕事だ。つねに複合的で曖昧な現実をまっとうに扱うのが作家、それもすぐれた作家の仕事である。常套的な言辞や単純化と闘うのが作家の仕事だ。(『この時代に想う テロへの眼差しスーザン・ソンタグ
「幸あるお方」(bhagavat)は、仏教の開祖ゴータマ・ブッダの尊称でもありました。漢訳では、ふつう「世尊」とされます。(『インドの「二元論哲学」を読む イーシュヴァラクリシュナ『サーンキヤ・カーリカー』宮元啓一
 仏陀像の頭髪は、螺髪(らはつ)と呼ばれる無数の螺旋である。その額にある白毫(びゃくごう)もまたひとつの螺旋である。
 仏教そのものが、円と螺旋の思想体系と言ってもよい。
 現代科学の両極もまた、マクロとミクロの螺旋である。

(『上弦の月を喰べる獅子夢枕獏
 沈没船内で道に迷うか、なにかとからまったダイバーは、自分の死に向かいあうことになる。ダイバーの遺体が沈没船内で多数発見されている――かわいそうなダイバーは道に迷ったまま、目の見えないまま、なにかに引っかかったまま、身動きできないまま、恐怖のために目と口を大きくひらいていた。とはいえ、これらの危険には、奇妙な真実がつきまとう。その危険じたいがダイバーの命を奪うことはめったにないという事実だ。むしろ、危険に対するダイバーの反応――パニック――が、おそらくは生死を分けるのだろう。(『シャドウ・ダイバー 深海に眠るUボートの謎を解き明かした男たちロバート・カーソン:上野元美訳)
 人間は、自分の知らないものに動かされているというのがぼくの意見です。人間のなかには「エス」という何やら驚くべき力があって、それが、人間のすること、人間に起こることのすべてを支配しています。「わたしは生きている」という言は、条件つきでしか正しくありません。それは、根本真理の小さな皮相な現象しか言い表していません。人間は、エスによって生かされているのです。これが根本真理です。(『エスの本 無意識の探究』ゲオルク・グロデック:岸田秀、山下公子訳)
カフカ」はチェコ語で「コガラス」の意味。体の小さなカラスである。そのためカフカ商会は、小枝にとまったコガラスを商標にしていた。(『となりのカフカ池内紀
 師の一目山人は、相場の研究をされるにあたって、洋の東西を問わずさまざまな哲学を学ばれている。その中からカント哲学を第一の論理、ヘーゲル哲学を第二の論理とし、東洋哲学から墨子、老子、荘子を、またインド論理学、さらに仏教論理学で最終段階に達したと書き記されている。京都学派の西田幾多郎哲学を信奉され、終生の師として仰がれたことにも触れられている。(『一目均衡表の研究』佐々木英信)