呪術とはシンボリズムの体系ということができる。なぜなら呪術の世界では、シンボル――すなわち、形が呪力を生み出すと考えるからである。キリスト教世界では十字形が悪魔を祓うなどの力を発揮することはよく知られているが、このほかにもさまざまな呪的シンボリズムが私たちの周りには溢れている。たとえば神域の注連縄(しめなわ)、引き出物の水引、神木に結ばれたお神籤(みくじ)、これらはみな、魂などをつなぎ止める「結び」の呪術を表わしている。古墳の壁画や石棺・埴輪(はにわ)などの装飾に使われる直弧文(ちょっこもん)も結びの呪術の一種で、古墳に葬られた人の魂を護り、悪霊(あくりょう)の立ち入りを阻止する意味があった。(『呪術・占いのすべて 「歴史に伏流する闇の系譜」を探究する!瓜生中〈うりゅう・なか〉、渋谷申博〈しぶや・のぶひろ〉)
 それから数千年(人類300万年という長い歴史からすればほんの一瞬)が経過して、人類は初めて新しい表現方法を発見した。文字の祖先である芸術だ。オーストラリアとタンザニアで発見された人類最古の洞窟絵画は、4万5000年以上前のものだ。私たちの祖先は、30万年前から石に奇妙な形を刻んだりしているが、これはそれとはまったく異なったもので、はっきりと動物や人間が描かれている。しかも、ある特定の集団、あるいは地域の限定されるものではない。今日までに、五大陸の160の国々で1000万以上の旧石器時代の絵画や印刻が発見されている。古代民俗学者エマニュエル・アナティ〔イタリア人、1930年生まれ〕は、こうした洞窟芸術の遺跡――宗教的用語を用いれば多くは「聖堂」ともいえる洞穴――を、「文字の発明以前の人類の歴史に関する最も膨大な資料」と言っている。(『人類の宗教の歴史 9大潮流の誕生・本質・将来フレデリック・ルノワール今枝由郎訳)
 アルフレードはうれしそうにいいました。「ほんとうに小さな植物もかわいらしい松ぼっくりも、せいたかのっぽの花も大きな海の波も、はるかかなたにある壮大な銀河も、みんなきみの数でできているんだよ、レオナルド」(『フィボナッチ 自然の中にかくれた数を見つけた人』ジョセフ・ダグニーズ文、ジョン・オブライエン絵)
 文明が人間の適応能力を越えて生んだもう一つのものは、情報である。
 アメリカのエール大学の図書館の蔵書は、18世紀のはじめ、およそ1000冊しかなかった。これがほぼ16年ごとに倍増している。これが今後とも同じくらいの割合で増大していくと、2040年には、蔵書は2億冊を数え、書棚は総延長6000マイル、そのカード目録室は8エーカーの広さになり、毎年新規に入ってくる1200万冊のカード作りのために6000人の司書が必要になる。
 科学論文雑誌の数も、指数関数的にふえていく。1750年には、科学論文雑誌は世界に10種類しかなかった。それが50年ごとに10倍になっていき、1830年には、約300種となった。これは1人の人間の読書可能量を越える。
 そこで、重要な論文のレジュメを集めた抜粋誌が現われた。ところがこれも50年ごとに10倍のテンポで増加し、ついに1950年には抜粋誌が300種類も出るようになってしまった。
 知識の量の増大とともに、知識の分野の細分化が起こりはじめている。(中略)
 全米科学技術者登録名簿に記載されている専門分野の内容を見ると、これがよくわかる。1945年には、900以上の専門分野が数えられている。
 こういった事実に象徴的に現われているように、現代の人間は、情報の洪水に溺れつつある。ヒトの生物的適応能力の面だけではなく、人間の精神的な適応能力の面でも、人類は文明のスピードに追いつけなくなってきているのではないだろうか。先進国での精神病患者数の増大は、この一つの現われであるように見受けられる。
(『文明の逆説 危機の時代の人間研究』立花隆)
 水俣を体験することによって、私たちがいままで知っていた宗教はすべて滅びたという感じを受けました。(『不知火 石牟礼道子のコスモロジー石牟礼道子
 読書が人間の習慣になったのは新しい現象で、日本で読書の広がりが出てきたのは円本が出版された昭和の初め頃からでしょうから、まだ80年くらいのものではないですか。円本が出るまでは、本は異常に高かった。いずれにせよ、現代でも日常的に読書する人間は特殊な階級に属しているという自己意識を持つ必要があると思います。
 読書人口は、私の皮膚感覚ではどの国でも総人口の5パーセント程度だから、日本では、500~600万人ではないでしょうか。その人たちは学歴とか職業とか社会的地位に関係なく、共通の言語を持っている。そしてその人たちによって、世の中は変わって行くと思うのです。
(『人間の叡智佐藤優