この高い所から、このように自慢を申し上げる藤原ていという婆ちゃんは、あるいは幸せ者かも知れません。(中略)ただ今、お話ししましたことは、すべて私ごときにもできたことです。皆様方にできないはずはございますまい。勇気を持っていただきたいと思います。(『妻として母としての幸せ藤原てい

藤原正彦
 なるほど現代商品経済社会もまた、多くの片仮名語や新造漢語を生んだ。それもまた人類史上の文化的価値にはちがいない。しかしその一方で、理想の人間の共同を語る言葉は次第に痩せこけてきた。その衰弱した現代日本語を背景に、神戸のなんともやりきれない事件は起こっている。人間の共同社会の理想を明るみに出し、未来のあるべき仕事と生活のスタイルを思い描き、その希望を語る生き生きとした言葉を我々の周囲に満ちあふれさせることができれば、確実に、神戸のような事件は姿を消していく。しかし、言葉の再建に失敗するなら、神戸のような、否それ以上の事件が陸続するにちがいない。
(『逆耳の言 日本とはどういう国か石川九楊

山下京子
 新しい媒体は必ず、人間の思考の質を変容させる。長い目で見れば、歴史とは、情報がみずからの本質に目覚めていく物語だと言える。(『インフォメーション 情報技術の人類史ジェイムズ・グリック楡井浩一訳)
 私たちがふだん目にするマクロの世界の物質に光を当てても、物質の質量が十分に大きいので、その位置が変わってしまうようなことはありません。しかしミクロの世界の小さな物質の場合には、たとえばその物質が「どこにいるのか」を観測しようとして光を当てると、当てた光のエネルギーによってミクロの物質が動いてしまうために、もともといた位置がわからなくなったり、物質の運動方向が変わってしまうといったことが起こります。つまりミクロの世界を「見る」場合には、その対象物を「見る前の状態のまま」で見ることはできないのです。
(『「量子論」を楽しむ本 ミクロの世界から宇宙まで最先端物理学が図解でわかる!佐藤勝彦監修)
「合理的な投資・リスク判断」とは、目先の相場変動が上がるのか下がるのかを予想できるようになることではない。合理的な判断とは、不必要なリスクを採らず、採るに値するリスクを選ぶ目を持つことである。(『マネーの動きで読み解く外国為替の実際』国際通貨研究所編)

為替
安全神話崩壊のパラドックス 治安の法社会学』でも書きましたが、昔は生活空間の中で「危ない地域」と「危なくない地域」が明確に分かれていました。「危ない地域」がいくらあっても自分が行かなければ怖くなかった。そもそも「治安が悪い」というのは警察の手が届かない地域がどれだけあるかということです。日本はそうした地域が少なかったから非常に治安はよかったのですが、むろん、警察の手の届かない場所があってもそんな場所へ行かなければ一般人には関係がないわけです。
 それでは犯罪が減少傾向にある中で、なぜ体感不安を感じるようになったのか? それは「危ない地域」と「危なくない地域」、すなわち、繁華街と住宅街、昼と夜といった境界がなくなったからだと思います。たとえば、最近話題になっているコンビニエンスストアの終夜営業規制、これは非常に大きいのです。治安のためにはむしろコンビニエンスストアは開いていたほうがいいという意見がありますが、夜に外を出歩く人が減れば治安は格段によくなります。治安をよくするための最強の手段は夜間外出禁止令であることを思い出してほしい。警察の取締りが、格段に楽になります。夜歩いている人は、皆不審人物ですから。(河合幹雄
(『アキバ通り魔事件をどう読むか!?』洋泉社ムック編集部編)
 ここで明らかにしておきたいのは、共産主義資本主義も、崩壊の引き金となるのは「極端な集中」だということだ。(『2010年資本主義大爆裂! 緊急!近未来10の予測ラビ・バトラ:ペマ・ギャルポ、藤原直哉訳)