人間の生がとりうる最も矛盾した形態は「慢心しきったお坊ちゃん」という形である。(『大衆の反逆』オルテガ・イ ガセット)
「人生ということばが、切実なことばとして感受されるようになって思い知ったことは、瞬間でもない、永劫でもない、過去でもない、一日がひとの人生をきざむもっとも大切な時の単位だ、ということだった」
(『一日の終わりの詩集』長田弘)
 基本的に新聞には、誰かが「アナウンスしてほしい情報」だけが載っている。
 新聞やテレビで公開された情報は、誰か声の大きな人間が、世間を自らの望む方向に誘導するために流している情報だと考えるべきなのだ。
(『僕は君たちに武器を配りたい』瀧本哲史)
 一つの現象は他と通い合う。暗喩はそこに生まれる。
(『シリーズ自句自解I ベスト100 池田澄子』池田澄子)
 では事件の本質とは何か。それは警察組織そのものと関連している。単なる警察官の非行問題ではすまされないのではないか。国政の場で審議するなら、中曽根内閣には3人の警察官出身者が閣僚にいる。後藤田官房長官は警察庁長官、秦野法務大臣は警視総監、山本自治大臣は大阪府警本部長。警察OBが国政にたずさわることが悪いとはいえない。だが政治的中立を標榜しつづける警察官が、辞めると同時に旗色を鮮明にし、政治の中央に座る。その結果、必然的に警察は政治腐敗にアンタッチャブルにならざるを得ない。
(『警官汚職読売新聞大阪社会部
 ペンフィールドが1930年代に行なった古典的な脳の実験は、ある有名な謎の元になった。その後ずっと哲学の学徒からは「水槽の脳」と呼ばれている問題である。こんな話だ。「あなたはそこに座ってこの本を読んでいると思っている。実はあなたは、どこかの実験室で体から切り離され、培養液の入った水槽に入れられた脳だけの存在かもしれない。その脳に電極がつながれ、あやしげな科学者(マッド・サイエンティスト)が電気刺激を流し込み、それでまさにこの本を読んでいるという体験を引き起こしているのだ」
(『パラドックス大全ウィリアム・ストーン:松浦俊介訳)
 わが国の二大政党制において最もよくある票割れの例は、スポイラー(有力候補の票を食う候補者)効果である。有力候補二人の接線の場合、トップを走る二人のうち片方から、第三党の「スポイラー」候補が票を奪ってしまうことで、競争相手の勝利が決まることがある。たとえば2000年の大統領選挙でこれは起こった。フロリダ州で、アル・ゴアジョージ・W・ブッシュの均衡を緑の党のラルフ・ネーダーが崩し、それによって勝敗が決まったのである。票割れは、選挙のプロセス全体をミスガイドする見えざる手だ。その結果、選挙民の意思の反映が弱められ、民主的プロセスへの信頼が失われ、金銭が浪費され、そして時には生命さえもが浪費される。
(『選挙のパラドクス なぜあの人が選ばれるのか?』ウィリアム・パウンドストーン)