世界にはたった3種類の領域しかありません。私の領域、あなたの領域、そして神の領域です。私にとって、神という言葉は「現実」を意味します。現実こそが世界を支配しているという意味で、神なのです。私やあなた、みんながコントロールできないもの、それが神の領域です。
 ストレスの多くは、頭の中で自分自身の領域から離れたときに生じます。「(あなたは)就職した方がいい、幸せになってほしい、時間通りに来るべきだ、もっと自己管理する必要がある」と考えるとき、私はあなたの領域に入り込んでいます。一方で、地震や洪水、戦争、死について危惧していれば、神の領域に入っていることになります。私が頭の中で、あなたや神の領域に干渉していると、自分自身から離れてしまうことになります。
(『ザ・ワーク 人生を変える4つの質問バイロン・ケイティ、スティーヴン・ミッチェル:ティム・マクリーン、高岡よし子監訳、神田房枝訳)
 自分のことを「ダメ人間」と思っている人は決してダメ人間ではないのです。どうしてかというと、ダメである自分を外側から観察しているもう一人の自分がいるからです。もしほんとうのダメ人間ならば、自分がダメであるということに気づきません。(『インテリジェンス人生相談 社会編佐藤優
 近代以降の世界において、危険なものが2つある。金銭と国家だ。いずれも強大な力をもっている。したがって、余程注意深く接しないと、人間は金銭や国家を神のような崇拝の対象としてしまう。(『インテリジェンス人生相談 個人編佐藤優
 権利=法の生命は闘争である。諸国民の闘争、国家権力の闘争、諸身分の闘争、諸個人の闘争である。(『権利のための闘争』イェーリング:村上淳一訳)
 要するに、服装の乱れは心の乱れ、いさぎよく自分の運命と対決せんとするときの男は服装を厳正にするよう心がけたのであるが、逆に見れば、服装の厳正であることが、心理に作用して、いさぎよい行動を生むことにもなろう。(『男の衣裳箪笥』古波蔵保好)
 貴族・武家などごく少数をのぞき、庶民が寺と寺檀関係をもつようになったのは、1635年以降であり、庶民が墓を作るようになるのも1700年頃からのことである。(『庶民信仰の幻想』圭室文雄、宮田登)

信仰
 マルタ遠征(1854年)の指揮官は、イギリスの英雄と謳われたラグラン卿で、ウェリントン公の軍事秘書を務めていた。ラグランは勇敢で、ワーテルローで外科医が麻酔なしで彼の片腕を切り落としたとき、「わが片腕を持ってきてくれ。妻がくれた指輪が指にはまっているはずだ」とだけ言ったという。(『戦争報道の内幕 隠された真実』フィリップ・ナイトリー)