100人の死は悲劇だが
 100万人の死は統計だ。(アイヒマン

 ジェノサイド(大量虐殺)という言葉は、私にはついに理解できない言葉である。ただ、この言葉のおそろしさだけは実感できる。ジェノサイドのおそろしさは、一時に大量の人間が殺戮されることにあるのではない。そのなかに、【ひとりひとりの死】がないということが、私にはおそろしいのだ。人間が被害においてついに自立できず、ただ集団であるにすぎないときは、その死においても自立することなく、集団のままであるだろう。死においてただ数であるとき、それは絶望そのものである。人は死において、ひとりひとりその名を呼ばれなければならないものだ。

(『望郷と海石原吉郎岡真理解説)

詩歌シベリア抑留強制収容所
 これらの先生方は「六師外道」といわれる人たちです。仏教では、六師外道を「仏教以外の教えを説いている6人の先生」という程度の意味で使っています。でもここに登場する人々は、外道という蔑称で簡単に切り捨てられるものではありません。本当は、インドの当時の宗教世界の革命家として、厳密に考えなくてはいけない人々だったのです。(『沙門果経 仏道を歩む人は瞬時に幸福になるアルボムッレ・スマナサーラ
 トマス・ウルフ(1900-38)という男は、一言でいうなら、20世紀の開幕と同時にアメリカ南部の山国で生まれ、ヨーロッパ大陸とアメリカ大陸を数回遍歴し、アメリカ生活の万華鏡と若者の飢渇を、噴きあふれる河のように書き、『天使よ故郷を見よ』、『時間と河』、『蜘蛛の巣と岩』、『帰れぬ故郷』の四大作その他をのこし、1930年代の、彼の同時代作家らがアメリカ喪失に陥っている時に、いち早くアメリカ発見に到達し、ナチス・ドイツ抬頭のころ、いわば、第二次世界大戦の前夜に、37歳の若盛りで死んだ、並外れたスケールの、不敵な、人生派作家である。(『20世紀英米文学案内 6 トマス・ウルフ』大澤衛編)
 あなたは雪の色は「白」だと思っているかもしれないが、実際には無色透明だ。(中略)
 では、白く見えているところは何かというと、それは雪の結晶のふちや角の部分、つまり「エッジ」だ。光はエッジ部で拡散する。雪が白く見えるとき、あなたはあらゆるエッジから拡散する光を見ていることになる。
(『雪の結晶』ケン・リブレクト:矢野真千子訳)
「同じ時代の都のおとめだちが、明るい電燈の下で、はなやかに骨牌(カルタ)を切っておることも知らず、……農村の娘だちは、掌(てのひら)から血を流して毎日藁を打っておるのだ」(『北越雪譜』)『』中谷宇吉郎
「人間が生きる」ということは、「好きなものを得るために行動する」「得られないものや邪魔するものはぜんぶ壊す」のいずれかです。我々の日常生活は、この二つのエネルギーに支配されているのです。(『心は病気 役立つ初期仏教法話2アルボムッレ・スマナサーラ

仏教
 当時のタイム誌は「いまだかつて考案されたなかで最も滑稽な跳び方」と書いた。誰もがフォスベリーをばかにして笑ったのは、言うまでもない。一部には、公式の大会ではこの跳び方は認めるべきではないという声すらあった。しかし、フォスベリーはこの「背面跳び」を続け、とうとうオリンピックまで制し、専門家を悔しがらせた。これは、「常識」が恥をかかされたほんの一例にすぎない。(『ビジネス版 悪魔の法則 ポジティブ思考のウソを斬る』ダン・S・ケネディ:池村千秋訳)
 女のかがやかしい外貌は20代のなかばに衰えはじめるのであり、内面の佳妙さあるいは豊麗さをもたぬ人は、内から発する光がないので、そのまま信念の蒙(くら)さにかたむいてゆく。老いてなお明るく美しい人には、窈々(ようよう)たる情とホウホウたる心のありかたがあるにちがいないのである。(『奇貨居くべし宮城谷昌光
 ――もっとも深いところまで行った者だけが、もっとも高いところまで行ける。(『奇貨居くべし宮城谷昌光
 呂不韋(りょふい)は孫氏(※荀子)の、
 ――学は没するに至りてしかるのちに止(や)むべきなり。
 という教えを体現し、死ぬまで学問をつづけた人である。
(『奇貨居くべし宮城谷昌光
「すっかり萎れてしまったな。願いが浅いところにあるからだ。それだけ傷つきやすい。花をみよ。早く咲けば早く散らざるをえない。人目を惹くほど咲き誇れば人に手折られる。人もそうだ。願いやこころざしは、秘すものだ。早くあらわれようとする願いはたいしたものではない。秘蔵せざるをえない重さをもった願いをこころざしという。なんじには、まだ、こころざしがない」(『奇貨居くべし宮城谷昌光
「足が血を吐くほど歩いてみて、はじめて人は真の歩行を獲得できる」(『奇貨居くべし宮城谷昌光
 インドの社会では宗教に励む人が精神的な修行をして、認識の範囲をものすごく広げてみたのです。(中略)そういう人々が初めて、死後の世界、というよりは過去の世界について語り始めた。それはほとんど自分自身の過去のことなのです。「自分は過去世でこんなふうに生きていました」と。そこで過去世があるのだから、推測によって未来世もあるだろうと言い出したのです。(『死後はどうなるの?アルボムッレ・スマナサーラ

仏教
 裁判で尋問されたとき、私はそういった。前もって考えていたことではなく、首謀者はだれかと聞かれたとき、私はごく自然にそれはホセ・マルティだと答えた。これが真実である。(フィデル・カストロ)『梛子より高く正義をかかげよ ホセ・マルティの思想と生涯』エルミニオ・アルメンドロス