アッバースの方はどうかというと、シャウキーに対して眉(まゆ)一つ動かすでなく、石のように死んだ視線を向け続けていた。だが、シャウキーの叫び声が咆哮に変わるや、アッバースの死んだような目の表面に一瞬光が差し、その瞬間彼は何かを理解したようであった。その直後、彼は激しい震えに見舞われ、それはやがて恐怖に戦く目となって表に現われた。その震えは内へ内へと深まり、強大な恐怖となって根を下ろし始めた。その恐怖は上半身を立てて、横になっていた者の内にも生命を通わせた。恐怖によって。彼は身を縮め始めた。身を縮めながら、彼の妻を道連れにしてベッドの縁の方へ這(は)って後退し始めた。彼の体は次第に小さく、丸まっていった。人間がこれほどまでに小さく縮むことができるとは、思ってもみなかった。もしこのままの早さで凝縮が続くなら、やがてこの人間の球体は姿を没し、存在しなくなるだろうとさえ思われた。(「黒い警官」ユースフ・イドリース:奴田原睦明訳/『集英社ギャラリー〔世界の文学〕20』)