ヒトの脳に考えを行動に移そうとする強迫的な傾向があるならば、われわれが神話を演じずにはいられないことも、容易に理解できる。運命、死、人間精神の本質などの神話のテーマは、誰にとっても大きな関心事であり、注目すべき問題であるからだ。われわれの祖先が神話をイメージし、それを演じているうちに、リズミカルな動作の繰り返しによって超越的な感覚を誘発できることに気づく者が出てきた可能性は非常に高い。神話のテーマや物語に、このたしかな感覚が加わったとき、効果的な宗教儀式が創造(実際には「発見」)される。
 効果的な宗教儀式はどれも、神話のテーマと一定の神経学的過程とを結びつけ、神話に生命を吹き込む点で共通している。象徴的に神話の世界に没入した信者は、神話が内包する深遠な謎を正面から見据え、その謎が解決される過程を体験する。その体験は強烈で、ときには人生を変えることもある。ここで、儀式のリズムと内容は、どちらも非常に重要だ。儀式のリズムが、参加者たちの脳を神経学的に共鳴させられなくなったり、自律神経系や感情に適当な反応を誘発させられなくなったりしたとき、あるいは、儀式のテーマや象徴が新鮮味を失ったり、文化との接点を失ったりしたときには、儀式のスピリチュアルな意味は失われてしまう。
(『脳はいかにして〈神〉を見るか 宗教体験のブレイン・サイエンスアンドリュー・ニューバーグ、ユージーン・ダギリ、ヴィンス・ロース:茂木健一郎訳)

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