ホワイト・アンテロープのなきがらを、彼等はあらそって切りきざんだ。スカルプ(※頭皮)はもちろん、耳、鼻、指も切りとられた。睾丸部を切りとった兵士は、煙草入れにするのだと叫んだ。それらの行為は女、子供にもおよんだ。女陰を切取って帽子につける者もいた。乳房をボールのように投げ合う兵士もいた。大人達の死体の山からはい出た3歳くらいの童子は、たちまち射撃の腕前をきそう、好個の標的となった。(『アメリカ・インディアン悲史藤永茂

インディアンアメリカキリスト教
 8世紀に鐙(あぶみ)がフランク族の間で一般に用いられるようになると、馬は機動性のためばかりでなく戦闘のためにも使われるようになった。(『ヨーロッパ史における戦争マイケル・ハワード:奥村房夫、奥村大作訳)

戦争
 金をもっているものが成功者として尊敬されるということは、金をもっていないものが人生の失敗者として軽蔑されることを意味することになる。(『生活の世界歴史 9 北米大陸に生きる』〈『生活の世界歴史 9 新大陸に生きる』改題〉猿谷要

アメリカ
 遺伝子組み換え作物の開発全体が、多国籍アグリビジネスであることはもはや周知の事実。1980年代から…多国籍化学企業によるM&Aが進み、モンサント、デュポン、シンジェンダ、アベンティスの4社でシェアのほぼ100%を寡占している状態だ。(『面白いほどよくわかる 「タブー」の世界地図 マフィア、原理主義から黒幕まで、世界を牛耳るタブー勢力の全貌世界情勢を読む会編著)
 心に哀しき憧れを抱け。
 決してあきらめず、決して希望を失うな。
 アラーいわく「我は打ちのめされた者を愛する」。
 傷つくがいい。打ちのめされるがいい。
  ――シャイフ・アブ・サイード・アビル・ヘイル

(『スリー・カップス・オブ・ティー 1杯目はよそ者、2杯目はお客、3杯目は家族』グレッグ・モーテンソン、デイヴィッド・オリヴァー・レーリン)
 そこまでいった晏嬰(あんえい)の声がさらに深くなった。「豊かさ、楽しさ、侈(おご)り、遊びは、聖者と死者を同時にあなどることになるのです」(『晏子宮城谷昌光
 このときの表情に凛乎(りんこ)たる信念があることに、おどろいたであろう。晏嬰(あんえい)はむしろこのときを待っていたのである。「恐れながら申し上げます」。重苦しい空気をやぶるように溌剌(はつらつ)と声があがった。(『晏子宮城谷昌光
 無益なことは、かならずしも無意味ではない。むなしいとおもわれることに、真剣にとりくむことによって、かえってその人の純粋さが、如実にあらわれることがある。(『晏子宮城谷昌光
「正すということは殺すこととおなじではありません。正さずして殺せば、遺恨が生じます。遺恨のある民を十たび伐(う)てば、遺恨は十倍します。そうではなく、将軍は君公の徳を奉じ、君公の徳をもって蒙(くら)さを照らせば、おのずとその地は平らぎ、民は心服いたしましょう。真に征すということは、その字の通り、行って正すということです。どうして武が要りましょうか」(『晏子宮城谷昌光
 日本語と再び出会うことができたのに、「言葉」が伝わらない。故郷さえ捨てざるを得ないほどの、戦後社会との深い断絶。その裂け目から、「詩人石原吉郎」は誕生した。(『シベリア抑留とは何だったのか 詩人・石原吉郎のみちのり畑谷史代

詩歌シベリア抑留強制収容所
 傍目からはなかなか判断できませんが、それぞれの段階の悟りを開いた人は、自分では自分がどの段階に悟ったか、よくわかるようです。それだけ明確な悟りの「体験」と、それによる心の変化が、悟りの各段階にあるからです。(『悟りの階梯 テーラワーダ仏教が明かす悟りの構造』藤本晃)

仏教
 すなわち、ローマの玉座がキリスト教になり、〈教会〉が権力になったということである。もしコンスタンティヌスがなかったなら、キリスト教はひとつの前衛的宗派にとどまっていたことだろう。(『「私たちの世界」がキリスト教になったとき コンスタンティヌスという男』ポール・ヴェーヌ:西永良成、渡名喜庸哲訳)
津田●【解釈する】とは、自らの生(レーベン)の可能性を探ること(以下略)
(『反密教学』津田真一)
「子供には母親が必要だ」
「選挙に出たらどうだ。家族の価値を謳うのはいまのはやりだからな。来るべき千年紀やらなにやらとおなじで」
(『奪回者グレッグ・ルッカ
 私は彼から目をそらすことができなかった。少年は気を付けの姿勢で、じっと前を見つづけた。一度も焼かれる弟に目を落とすことはない。軍人も顔負けの見事な直立不動の姿勢で弟を見送ったのだ。(『トランクの中の日本 米従軍カメラマンの非公式記録ジョー・オダネル

戦争原爆
「みにくく、顔をそむけさせる、おそろしいもの、それこそが戦争ではないか。ポルノグラフィーを排斥する偽善者どもは、戦争に賛成しているのだ」と彼はことばを結んだ。(『フランス版 愛の公開状 妻に捧げる十九章』ジョルジュ・ヴォランスキー)
 この実験(サミュエル・ゴスリング)から、一面識もない人物のことを15分間部屋を観察しただけで、長年の知りあいよりも理解できるものだということがわかる。(『第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しいマルコム・グラッドウェル:高橋啓訳)

ネットワーク科学
 アメリカ国民は、ある意味で、虎にまたがった国民になりつつある。彼らはますます消費することを学ばなければならない。さもないと、彼らの巨大な経済のからくりが、彼らに刃向い、彼らをむさぼり食らうかもしれないと警告されているのである。彼らは、もっともっと個人としての消費を高めるように要求され、しむけられなければならない。それは、彼らが商品にたいして差し迫った要求をもっているかどうかには関係ない。日に日に拡大する経済が、それを要求するのである。(『浪費をつくり出す人々ヴァンス・パッカード:南博、石川弘義訳)

浪費
(※世界貿易センター爆破事件、1993年)人々は異常なほどのろのろと動いた。爆発から10時間たっても、まだオフィスから避難していない人たちを消防士は発見していた。(『生き残る判断 生き残れない行動』アマンダ・リプリー:岡真知子訳)

災害
 私たちの生き方では、政治の決め事は、いつも七代先の人々のことを念頭におきながら行なわれる。これからやってくる人々、まだ生まれていない世代の人々が、私たちよりも悪い世界で暮らしたりすることのないように、できればもっと良い世界に生まれてこられるように心を配るのが、私たちの仕事なのだ。私たちが母なる大地の上を歩くときに、いつも慎重に一歩一歩進むのは、これから生まれてくる世代の人々が、地面の下から私たちのことを見上げているからだ。私たちはそのことを、片時たりとも忘れない。――オレン・ライオンズ(オノンダーガ族)1990年
(『それでもあなたの道を行け インディアンが語るナチュラル・ウィズダム』ジョセフ・ブルチャック)

インディアン
【「呪的儀礼(じゅてきぎれい)を文字として形象化(けいしょうか)したものが漢字である」】(白川静
(『白川静の世界 漢字のものがたり』別冊太陽)
 彼らは、自分たちと意見が違う他者たちと共にこの惑星で暮らしていることを知っているのだが、その他者たちと対話したいとは思わない。彼らは、その他者たちの信用を失墜させたり、その他者たちを抑圧したり、殺そうとさえする。(『解明される宗教 進化論的アプローチ』ダニエル・C・デネット
:阿部文彦訳)
科学と宗教
 わたしは貧しく、そのうえ裸だ。
 だが、わたしは一族の酋長だ。
 富を欲しいとは思わないが
 子どもたちを正しく育てたいと思っている。
 富はわれらによいものをもたらさない。
 向こうの世界にもっていくことはできない。
 われらは富を欲しない。
 平和と愛を欲している。

 オグララ・スー族 酋長
 レッド・クラウド(マクピヤ=ルータ)〈19世紀後半〉

(『ネイティヴ・アメリカンの教え』写真=エドワード・S・カーティス

インディアン
 人生には本当は「今日」しかないのです。ですから、人生に失敗したくなければ今日に失敗してはいけません。今日に失敗しない人は、明日があったら明日も失敗しませんし、明後日があったら明後日も失敗しません。(『苦しみをなくすこと 役立つ初期仏教法話3アルボムッレ・スマナサーラ

仏教
 集合知は会話によって導かれるが、それがもっとも強く意識されるのは、会話と会話のあいだに生じる沈黙においてである。(『集合知の力、衆愚の罠 人と組織にとって最もすばらしいことは何かアラン・ブリスキン、シェリル・エリクソン、ジョン・オット、トム・キャラナン)
 この考え方が依拠している前提は、ポルノの視覚イメージが強制的なものとして作用し、この強制力によってポルノの描写内容が現実化されるということである。(『触発する言葉 言語・権力・行為体ジュディス・バトラー:竹村和子訳)
「だれかから魂を買おうというオファーを受けるのはどんな気持ちがあるだろうと常々思ってきたものだが」(『暗殺者(キラー)グレッグ・ルッカ
 私たちはあい変わらず以前と同じものを持ち、同じ搾取、同じ司祭、同じ組織宗教、同じ迷信、そして同じ階級闘争をかかえています。で、これらは私たちに自由を与えたでしょうか?(『自由とは何かJ・クリシュナムルティ:大野純一訳)
 近代社会を支えてきた科学の底が抜けた中、人々は失われた信頼や信用を埋め合わせるために、絶えず「信心」を作り出そうとする。「信心」は極めて強い「善意」と、表にせり出しにくい「不安」によって支えられている。そうであるが故に、例えば政治は、強いカリスマ性を持った「教祖」を待望するような形で、あるいは、よき社会を開くための分かりやすい「経典」や「迫害対象」を求めるような人々を動員する形で行われる。(『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』開沼博)
 私たちの祖先は資源が乏しく、集団どうしで依存し合っていたので、大規模な戦争をはじめたのは、定住して農業に手富を蓄積しだしてからだった。その富のおかげで、ほかの集団を攻撃することのメリットが増えた。(『共感の時代へ 動物行動学が教えてくれることフランス・ドゥ・ヴァール